クレセント・レディ(1)
ラウールがムッシュに拐われてから、もう2日も経っている。それなのに、彼が帰還する気配は一向にない。きっとその辺りの事情も折込済みなのだろう、押掛女房よろしくやってきたお世話係もまた、ご帰還する気配を見せなかった。
普段から何かと蒐集癖のある弟と2人で暮らすのにも、やや手狭な彼らの住まいであるアンティークショップは、今やかなりの大所帯に変貌しており……肩身の狭さと居心地の悪さもあって、モーリスの心労は嵩む一方だ。
「あの、ヴィクトワール様。……僕は大丈夫ですから、そろそろ戻られたら、いかがでしょう? それでなくても、今は物騒なニュースも飛び交っていますし……。騎士団長のあなたがご不在では、王宮の警備も手薄になってしまうのでは?」
「ご心配には及びませんわ、モーリス様。我がロンバルディア騎士団は私如きが抜けた程度で瓦解するほど、脆弱なものではありません! 兎にも角にも! ブランネル様がお戻りになるまでは、私達がしっかりとモーリス様のお世話を、ヴェルダンよろしく焼き上げて差し上げますので、お任せください!」
「は、はい……(ヴェルダンってことは……僕は料理されてしまうということなんだろうか……)」
世俗的な噂や事件もどこ吹く風と、モーリスの懸念を鉄壁の暴走で盛大に轢き返す鋼鉄の騎士団長。そのある意味で隙の無い様子に、早々に彼女を説得するのを諦め……気を紛らわせる意味でも新聞に目を落とす。しかし、1面にはやや誇張気味ではあるものの、明らかに物騒な内容が踊っており……気休めにすらならない物々しさに、モーリスは思わず眉を潜めてしまう。
「……そう言えば、モーリス様。この新聞の内容ですけど、本当なのでしょうか?」
「えぇ……本当のことみたいですね。属国の出来事のようですが、結構な被害者が出ているとかで……実を申せば、僕の非番がなくなってしまったのも、これの影響なんです」
モーリスの背後で、コーヒーのお代わりのタイミングを窺っていたメイドの1人が何気なく質問をすると、ため息をつきながら律儀に返事をするモーリス。そうして、背後の彼女に新聞の内容を更に掘り下げて、説明し始める。
「シリアルキラー・クレセント・レディの魔の手! ……か。連続殺人らしいのですが、犯人の特徴もどこかぼんやりとしていて……実を申せば、掴み所のなさに警察も手を焼いているんです。“クレセント・レディ”を名乗っているみたいですが……目撃者もいないものですから、本当に犯人が女性なのかも分からなくて……」
「まぁまぁ……でしたら、このヴィクトワールも是非にモーリス様のお仕事に同行し、その悪鬼を成敗致しましょう!」
「えっ……?」
何げなく呟いた説明に、いよいよ混迷を極める大暴走をし始めるヴィクトワール。しかも、興奮で紅潮した表情を見る限り……決して、冗談ではないようだ。その上で非常に悪趣味なことに、騎士団長の決定に興奮気味に同意を示すメイド達3人。何故か渦中の本人を他所に作戦会議まで勝手に始めるのだから、彼女達の勢いはもう止まらない。
(ラウール……早く帰ってきておくれ。僕には、こんな大勢の舵取りは無理だよ……!)
新聞の内容以上に物騒な女性陣を見つめながら、破天荒だが常識は一通り揃っている弟の嫌味が、今はただただ恋しい。兎にも角にも……モーリスもまた、ムッシュの気まぐれの被害を盛大に被る羽目になったようだ。




