アンダルサイトのから騒ぎ(36)
「まず、キャロルさんのご学友の監禁場所ですが……奴らは不遜にも、ブランローゼ城を根城にしているようですな」
「あの、すみません。……ブランローゼ城って、今は閉鎖されていましたよね? それがどうして、マフィアのアジトになっているのです」
「ま、ま。ラウール君。落ち着いて。偵察によりますと……今回の件もどうやら、かの怪人が絡んでいるようです」
かの怪人。それは間違いなく、神出鬼没の探求者……アダムズ・ワーズの事だろう。ヴィクトワールの眉が少しばかり、ピクリと動いたが。彼女の横に立っているアンドレイには、そんな機微が見えるはずもない。そうして、アンドレイが構わず続ける所によると。潜伏場所を特定できたのは、ミリュヴィラではあまり見慣れない馬車がブランローゼ城に出入りしていたから、という事らしい。
「確かに、あのなんちゃってキャリッジをハクニーが引いていたら目立ちますよねぇ。ロンバルディア側のハンサムキャブはごくごく普通のキャブリオレに、ごくごく一般的な馬車馬が利用されていますし。あんなに足を高らかに上げる馬車馬はそうそう、こちらでは見かけませんからね。それこそ……ロンバルディアのハクニーは軍馬が多いでしょうし」
普通であれば、騎馬用か競技用でしか見ることができないハクニーを乗り合い馬車が使っているなんて、ロンバルディア側では前代未聞。しかも行き先が風光明媚な深い森に包まれるブランローゼ城であれば、尚のことお誂え過ぎて目立つのも無理はない。そんな目撃例もあり、アンドレイの部隊ではブランローゼ城をマークしていたのだそうだ。しかも……。
「ブランローゼ城に出入りしているのは、かの怪人だけではなくてよ。……彼の同年代と思われる、サファイアのカケラの存在も確認されましたわ。タラント・ハッター……ラウール様とキャロル様は、この名前に聞き覚えがおありでは?」
「タラント様……って、まさか!」
「えぇ。そのまさか、ですね。彼の硬度があれば、人間式の絞首刑では生ぬるいでしょうし……まんまと、生き延びていたという事ですか」
確かにカケラの弱点は首ではあるが、核石の硬度や靭性が優れていれば、首吊り程度では死ぬことはない。それでなくても、タラントは世にも希少なワンダー・サファイアを核に持つカケラである。しかも、ラウールに対峙した際にはジャバヴォックの姿で自在に暴れ回っていたのだから、核石のコントロール精度もかなり高いと考えていい。それは要するに、彼もまたイノセントと同じように、首の弱点さえもカバーするオリジンとしての資質を十分に発揮していた、ということである。
「だとすると……あぁ、少々特殊なこの帽子も、彼の手によるものですかね。ハッター……今はシャペルリと名乗っているようですし、年代からしても間違いなさそうです」
「帽子の年代、ですの?」
「えぇ。先ほど、馴染みの店にこの帽子について聞いてみたのですけど……この四角いフォルムは伝統的なスタイルだとかで、現代ではあまり見かけない型のようです。更に、普通ビレッタはシルクで作られることが多いそうですが……こいつは工業用宝石の研磨フェルトでできていました。きっと、ちょっとした目印なのでしょうけど……今時は却って目立つこと、請け合いです」
そんな匂いを吸着しやすい素材にたっぷりと染み込んでいたのは、葉巻と甘ったるい魔法の残り香。そのことから、この帽子の持ち主はバー・クリストフスライにも出入りしていた人物でもあるのだろう。
「彼らは信仰とは無縁の方達でしょうけど。表面だけはキリスト教徒を装って、随分前から“悲しみの聖母”の変わり種を目印に、麻薬の売買をしてきたのだと思いますよ。あぁ、そうそう。その会場の1つが、例のヴランティオ郊外の洋館みたいですね。なんでも、建築学にとっても詳しい方によりますと、あの建物はとても貴重なシェルディアン建築なのだとか。最近の建築では使われない技術で支えられているようでしたので、年代も古いみたいですね」
「そうでしたの? それはそうと、阿片の件はお手柄でしたわ。バーのマスターを詰問しましたところ、酒場の常連達にだけではなくとあるスジにも提供していると証言がありましたの。……どうやら、数カ所の美術館でコレクター相手の商売が成り立っていたようですわ。しかも自分達が吸うためではないようで……あの酒場から保護した彼女達には、モルヒネ代わりの鎮痛剤として、盛られていた形跡が確認されました。その事から、阿片の取引は彼らの宝石ビジネスともかなり融和しているみたいですの」
「……本当に趣味が悪いですね。でしたら……ここまで分かっていれば、答えは1つです。次の満月に、俺達はブランローゼ城に参上するとしましょうか。それで……キャロルも初任務に参加します?」
「はい。もちろん、謹んでお受けします」
そうと決まれば、話は早い。ヴィクトワール側は取引のある美術館の洗い出しと、かの洋館の差し押さえ及び、再調査。ラウール側はアンドレイの部隊と合流し、マフィアの討伐と人質の救出。そして……。
【……ジェームズはヴィクトワールガワのホウがヨさそうだな。ラウールガワにつくと、なんちゃってケイシのムスメにグリードのショウタイにカンヅかれる】
「そうなりますかね。それじゃ、ヴィクトワール様に、アンドレイ副団長。俺達は準備がありますので、この辺で失礼しますよ。それでなくても、キャロルは受験生でもあるのです。勉強の時間もしっかりと取らねばなりません」
「ふふ、そういう事でしたら……下がって結構ですわよ。それでは、手筈通りにお願いいたしますわ」
「ラウール君、当日はよしなに頼むよ」
「……別にアンドレイ副団長と共闘するつもりはありません。あくまで、あなた方は被疑者の捕獲をすればいいだけです」
「おぉ! 相変わらず、ラウール君は連れないのだから。ま、とは言え……私達が中途半端に手助けしたところで、却って足手纏いかな」
そこまでお分かりでしたら、結構……と、相手が騎士団のお偉いさんであろうとも、最後の最後まで尊大な態度を取るラウール。それでも、相変わらず連れないはずの孤高の虎が相棒を同伴しているその姿に、ヴィクトワールもアンドレイも……彼の変化が嬉しくて仕方がないのだった。




