アンダルサイトのから騒ぎ(34)
「ラウール君が女性連れなんて、珍しい。しかも……婚約者、だって? 何かの間違いじゃないのかい?」
「間違いではありませんけど。彼女は俺の相棒であり、パートナーです。その事情も込みで、訳ありのオーダーも受け付けてくださるこちらにお邪魔したのではないですか。何か、問題でも?」
ヴィクトワールに調査結果を聞きに行く前に1つ、用事を済ませましょうと……足を伸ばしたのは、いつぞやのちょっとした高級テーラー・タムロック洋装店。既知の仲でもある店主に盛大に訝しがられながらも、流石に危ない秘密も共有している馴染みの店は話も早い。基本的に紳士服をメインに扱う店だけあって、キャロルがすぐに着られそうな既製品は皆無だが、オーダー次第で淑女用の夜会服も手がけているとなれば、しっかりと用途と目的に沿った衣装を仕立ててくれるだろう。
「ふむぅ……それも、そうか。あぁ、オリヴィア。お客様はこちらのレディに秘密の夜会衣装のお仕立てをご希望だ。採寸、頼むよ」
「はぁい。任せて、父さん」
店主の娘らしい女性に案内されて、キャロルが店の奥に連れられていくのを見送りながら……はて、と首を傾げるラウール。ラウールは継父共々、この店との付き合いも相当に長いと思っていたが。この期に及んで、お馴染みの店に初対面の相手がいるなんて思いもしなかった。
「……しかし、タムロックさんにお嬢さんがいたなんて、知りませんでした」
「そりゃ、そうだろうね。何たって、私達が親子になったのは、つい最近だし」
「はい?」
しかし、ラウールの質問に明らかな珍回答を寄越すタムロック。オリヴィアと呼ばれていた彼女は見たところ、年は10代後半と思われるが……。そんな成人間近と思しき娘と、最近になって親子になったとは……一体、どういう意味だろう?
「ハハ、別に深い意味はないよ。強いて言えば……君のお父さんと同じ、ってところさ」
「……彼は俺の父親ではありません。継父です。にしても……あぁ、そういう事ですか。タムロックさんも、ホワイトムッシュに一杯食わされたクチですか?」
「いや? どちらかと言うと、私から立候補した感じかな。妻に先立たれてから、レディ相手の採寸も気軽にできなくて困っていたし……何だかんだで、この店も可愛い看板娘がいた方が都合もいいしね」
それに、彼女は働き者で助かっていると……丸眼鏡の奥からモスグリーンの瞳を細めて呟くのを聞くに、嘘はないらしい。そんなタムロックが穏やかな様子で見つめる先から、採寸が終わったのだろう。キャロルとオリヴィアが連れ立って帰ってくるが……オリヴィアは頬を紅潮させて、何やら興奮している様子。カーテンの向こうで、どんなお喋りしてきたのだろう?
「ねぇ、ねぇ! 父さん! すごいのよ、キャロルさん!」
「うん? 何が凄いんだい?」
「もぅ……超、ナイスバディなのっ! こんなユルッとしたお洋服じゃなくて、ボディコンシャスでセクシーなものを着ればいいのに!」
「あぁ、そういう事……。オリヴィア。婚約者さんの前で、そういう話はナシにしなさい。で? キャロルさんにどんな衣装がいいか、聞いたのかい?」
「もっちろん! カッコ良くて、スマートなドレスを仕立てるんだから!」
「そうか、そうか。それはそうと……これ、急ぎなんだよね?」
「えぇ。できれば、早めにお願いします。事の運びにもよりますが、最短で明後日の夜に使いたいと考えています」
「明後日の夜……なるほど。確か、その日は満月だったね」
ご名答。かの大泥棒の様式美にもしっかりと理解を示し、至急で仕上げるよ……とタムロックが嬉しそうに請け負う。その笑顔に、現金なのだからと、ラウールは仕方なしに了承するものの。タムロックは特段、特別料金を吹っ掛けるつもりで笑顔を作っている訳ではない。明日の夕方には仕立てておくからと日時を指定して、外に犬を待たせているらしい彼らのお帰りを見送ると……タムロックは報酬以外の部分でも、満足げに息を吐く。
「……それにしても、あのラウール君が結婚とはねぇ。今頃……きっと、テオ様も天国で喜んでいるだろうな」
「テオ様?」
「うん。この店のお得意客だった人で、ラウール君の父親でもあるのだけど。……とにかく、オリヴィア。今回のは特別オーダーの特急依頼なのだから、生地の選定をすぐに頼むよ。で……どれ。私はパターンを起こすとするかね」
「はぁい!」
久しぶりの婦人服のお仕立てとあれば、オリヴィアも張り切りに張り切っているらしい。そんな愛娘の姿を見つめては、淑女用のオーダー受付も本格的に再開しようかと考えるタムロック。
入院生活が長い妻の帰りを待つ夫と、若くして妻を亡くした寡夫と。
そんな組み合わせで、下の子が懐いてくれないんだと……バーで酒を交わしながら愚痴られた日々が、今となっては懐かしい。相変わらず、彼は頑なに父親と呼ぶことを拒んでいるようだが。それでも、誰かと一緒にいることを選択できるようになった下の子の進歩を目の当たりにすれば。旧知の仲としては、頬を緩ませずにはいられないのである。




