アンダルサイトのから騒ぎ(33)
殊の外苦いコーヒーを頂きながら、こうして向き合ってみても……何をどう、取り繕えばいいのか分からない。
キャロルは約束をしっかりと守ってはくれるだろう。それは確かに、1つの安心材料ではあるが……当然ながら、強欲なラウールが求めているのは、そんな上辺だけのお情けではない。しかしながら、本物を求めようとも、その掘り出し方をラウールは一切知らなかった。
どうすれば、相手が喜んでくれるのか。
どうすれば、好意を寄せてもらえるのか。
それでなくとも、ラウール自身は誰かさんの愛情の受け取りさえ、おざなりにしてきたのだ。自分が愛されているという自覚が なかったラウールに、愛を伝えるなんて芸当がすぐにできるはずもない。
「……その、キャロル……」
「はい」
「俺は……どうすればいいのでしょうね? どうしたら、きちんとこの先も君と一緒にいられるようになるのでしょう」
長い沈黙の後に落とされたのは、あまりに情けない懇願混じりの質問。彼の言葉に見え隠れするのは、キャロルにだけは嫌われたくないという本音の一方で……その振る舞いは自分のせいではありませんという、言い訳も微かに混じっている。
どうすればいいのか分からないから、君を手放さないように必死なだけなのです。
どうすればいいのか分からないから……実力行使をしてみただけなんです。
しかし……分からないからと言って、誰かを傷つけて良い訳では、決してない。
【ラウール、タトえばだが。もし、キャロルがラウールのトモダチをキズツけたら、どうオモう? ハラダたしくならないか?】
「どうでしょうね。よく分かりません。そもそも、俺には友達なんてものもいませんし……」
一体、この人は今までどうやって暮らしてきたのだろう。孤独と哀愁を漂わせつつも、点でお話にならない答えを返してくるラウールにいよいよ、呆れてしまうキャロルとジェームズ。それでも、ここはしっかりと弟の代わりに感情の欠如を埋めてやらねばと、ジェームズがアプローチを変えて話を続ける。
【じゃぁ……モーリスがキャロルをキズつけたらどうだ? ラウール、きっとオコるだろう?】
「そりゃ、勿論。例え、相手が兄さんであろうとも、キャロルを傷つけたりしたら……って、あっ! もしかして……」
【イマのはタトえだ、タトえ。あのモーリスがキャロルをキズツけるワケ、ないだろうが。スクなくとも、ラウールイジョウにキャロルをカナしませているヤツはいないぞ。それにしても……ハァァァ。ホントウにラウールはヘンなところはバカなんだな。ここまでくると、ジェームズもナンてイってやっていいのかワからない】
「ゔ……」
それでも匙を投げる事なく、辛抱強くジェームズが懇々と誰かと一緒にいることの難しさについて説く。
誰かと時間を共有したいと望むのなら、相手が嫌がることはしてはいけない事。
誰かと一緒に暮らしたいと願うのなら、相手の気持ちをしっかりと考えなければならない事。
そして、今夜のラウールの振る舞いはその2つを見事に無視していたのだと、締め括る。
【キャロルはマワりのダレかがキズツくのが、イヤなんだ。それなのに……ラウールはジブンのソバにオきたいというカッテなリユウで、キャロルをシバって。キャロルにはそんなキもないのに、ちょっとイいヨっただけで、アイテをイタめつけて。ジブンカッテなラウールをキャロルがスキになってくれるはず、ないだろうに】
だから、この先も一緒にいられるのかどうかは、2人でしっかり話し合うように……と、重要なヒントを残しつつ。ジェームズは難しいお2人の邪魔も無粋と、自分の寝床に引き上げていく。
「……えっと、キャロル。俺は……」
「はい」
「……これから先も君と一緒にいたいのです……。だから……今日は君を悲しませて、すみませんでした……」
「……そうですね。私も悲しかったですけど……ジョーイさんの方はそれ以上に、辛かったと思います。ですからもう2度と、誰かを悲しませる事だけはしないで下さい。辛いのも、痛いのも、みんな一緒なんですよ。ラウールさんや私だけじゃありません。それに……」
「それに……?」
「私は“人は傷つけず”が信条の大泥棒が好きなのです。その矜持だけは……ちゃんと忘れないようにして下さい」
結局、キャロルが好意を寄せてくれるのは大泥棒側であって、鑑定士側ではないらしい。それでも、条件付きの「好き」を少しばかり恵んでもらっては……先程まであんなにも苦々しく感じたコーヒーの余韻が、ようやく華やかな香りと甘みを取り戻していた。




