アンダルサイトのから騒ぎ(31)
「あぁ、キャロルとジェームズ。悪いのですけど……少し、外で待っていてくれませんか」
「は、はい……そうします……」
【ハゥン(ラウール、ものスゴくオコってる! ジェームズ、ニげる)……!】
ラウールもこの先の光景は、見せたくないと思ったのだろう。いつもながらに、澄ました顔でチラリと視線だけは送ってくるものの。彼の横顔にあからさまな怒りを認めては、素直に退場するキャロルとジェームズ。これ以上は無駄に異臭混じりの空気を共有する必要性もない。
「まずは……はい、この帽子に見覚えは?」
「あ、ありません……」
「そう。でしたら……ハバノスという高級な葉巻を愛用している方に、心当たりはありませんか?」
「葉巻……? た、確か……ここのオーナーが葉巻、好きだったかも……」
「左様で? ふぅん……あのレディは葉巻もやるのですね。で? あなたはここで、何をされていたのです」
「……ペトルチオ様に、この店に残っている証拠品を持ってこいと言われて……」
「証拠品?」
片足首を握りつぶされて、立つことさえままならないジョーイをカウンターにぐいぐいと押し付けながら、質問を投げてみるが。足の痛み以上に、彼の特殊なおもちゃと不気味な笑顔に、ジョーイの心も見事に砕かれてしまった様子。その上、自身もそちら側である事もあり、ラウールも彼らの弱点はよく心得ている。ジョーイの無駄に細い首に銃口を食い込ませれば……自称神様は威厳も木っ端微塵と、情けない声を上げ始めた。
「あ、アグ……! 僕は、まだ……死にたくない……!」
「あぁ、失礼。あまりに憎たらしいものですから、つい力が入りました。それで、その証拠品とは?」
「こ、これです……」
「うん? ……こいつは美術館の半券ですか?」
ジョーイがかじかんだ手で上着のポケットからつまみ出したのは、ジェニバー美術館の入場チケットの半券。そのくたびれた紙切れを手渡すついでに、ジョーイが白状するところによると……ジェニバー美術館のマリア像は実は交代制になっており、定期的に美術商の手で入れ替えられているのだという。そして……美術館のやり口に、少しばかり嫌な予感を募らせるラウール。もしかして……。
「あぁ、なるほど……。ジェニバー美術館のマリア像が年代物とされていた上に、常々修復が必要なレベルで傷物だったのは、最初から強度を必要としていなかったせいですか。要するに、中身を取り出す際に壊す前提だったから、ですかね。そして、例のアンダルサイトはあなたのお話によると、ちょっとした目印でしかない、と」
「はい……そうみたいです……。だけど、その宝石がとっても特殊な物だったとかで……どうしても必要になったから、有名な泥棒に盗まれたことにしたのだとか……」
「ふぅ〜ん……そのお話から察するに、ジェニバー美術館の館長もグルですかね?」
「た、多分。僕は会ったことはないですけど、ペトルチオ様はよく逢引きしていたみたいっす……へへ、へへへへ……」
ここまで喋れば、十分でしょ? ……と、言わんばかりに虎のご機嫌を伺うべく、哀れに上擦った笑いを溢す狐だったが。彼はまだ、ラウールを別の部分で取り返しがつかない程に怒らせていたことに気付けていないようだった。
「さて……と。尋問はこのくらいにして、次はお仕置きと行きましょうかね。俺のキャロルに、2度と無駄口を叩けないように……クククク! お喋りな黄色い狐の首根っこをしっかりと締め上げる事にしましょうか」
「え……あ、ちょ、ちょっと! 約束がちが……ッ⁉︎」
ジョーイの黄色がかった瞳に、キャロル経由の情報の意味もしっかりと理解しながら……ここまで癒着しているのであれば、効果も抜群だろうと拘束銃の引き金をあっさりと引くラウール。さも意地悪く、ドサリとカウンターから落ちこぼれる被疑者を見下しながら……無慈悲な判決を言い渡す。
「確かに、正直に答えた方が賢明ですよ……と、お勧めはしましたが。お喋りしたからと言って、助けてやるとは一言も言っていませんよ? 次からは、約束や契約の有無にも気を使った方が……って、失礼。あなたにはもう、次はありませんね」
一方的に宣告を言い放ちながら、いつぞやの時と同じようにズカズカとカウンター内に侵入し、電話を拝借する。こうも連日、あまり慣れたくもない声を聞きたいわけではないが。彼女からも調査を依頼されている以上、まずは被疑者の身柄引渡しが先だろう。




