アンダルサイトのから騒ぎ(30)
「もぬけの殻だと、思っていたのですけどね。まさか、残党がこんなところにいるなんて、思いもしませんでした」
「ヤァ、キャロルちゃん。昨日、今日と会えるなんて……やっぱり、僕達の出会いは運命なのかな?」
「運命……?」
意気揚々と、閉鎖されているはずのバー・クリストフスライに足を踏み入れれば。苦い苦い思い出含みのカウンター越しに微笑むは、いけ好かない雰囲気の美青年。彼の口調からするに、キャロルとは顔見知りのようだが……ラウールを半ば無視して、婚約者を口説きにかかるのだから、タチが悪い。
「申し上げておきますと、キャロルは俺の婚約者です。あなたのような小物に運命を感じられるのは、甚だ迷惑ですね」
「あれ? あんたがキャロルちゃんの婚約者だったの? ふ〜ん……ま、見た目はそこそこ? かなぁ。僕には到底、敵わないだろうけどね」
きっと自身の作りの特殊性もあって、ジョーイは必要以上に自意識も過剰なのだろう。しかし、彼は知らない。ラウールは見た目こそ澄ましていても……気まぐれで悪戯好きな猫ではなく、非常に獰猛な虎だということを。それでなくても、今のやり取りで確実に彼の尻尾を踏み荒らしてしまっているのだから……これ以上はお互いに不味いだろうと、キャロルが仕方なしに諌めにかかるものの。似たもの同士の喧嘩は却ってヒートアップしがちだから、厄介だ。
「あ、あの、ジョーイさん。それ以上はやめておいた方がいいかと……」
「どうして? キャロルちゃんにも、しっかりと見せたでしょ? 僕は美しくて、何よりも強い存在なんだって。もう、僕の存在は神と言ってもいいのかも!」
【キュ、キューン(こいつ、バカっぽい。ジェームズ、イヤなヨカンしかしない)……!】
自己愛もピークとジョーイは大袈裟に手を広げて、お芝居染みた言動をやめようとしない。そして、それが如何によろしくないのかも、気付こうともしない。
「ほぉ? 美しくて強い神様がこんな薄汚い下界に、どのようなご用件でお越しくださったのでしょうね? あぁ、なるほど。オイタが過ぎて、美しい世界から追放されてしまったのですか? 流石、お口だけの神様は違いますね。存在感も薄っぺら過ぎて、笑いが止まらないや!」
キャロルが心配しているのを余所に、わざわざジョーイを焚き付けるように大袈裟に腹を抱え始めるラウール。そんな彼の乾いた笑いに、こちらはこちらで自意識が過剰すぎるとキャロルとジェームズは目眩を覚える。しかもラウールの言葉通りに、Can no longer put up with something……薄っぺらい生地で出来ていた堪忍袋を緒ではなく、本体からズタズタに切り裂かれたジョーイが牙を剥くものの……。
「へぇ〜、こいつは驚いたな。神様に逆らう悪い子がいるなんてね……! 折角だし……僕の力、見せてあげるよ……! って、フぁッ⁉︎」
「これ、本気出してます? だとしたら……神様も大したことありませんねぇ。おそらく、しみったれた石のカケラなのでしょうけど……残念でした。俺はこれで……そっち専門のハンターでもありましてね。神様狩りも得意としております」
「狩り……?」
カウンターを易々と飛び越え、ラウールの顔面目掛けて回し蹴りを放った……はずだったジョーイの足を事もなげに受け止めて。盛大に不遜な嘘を吹っ掛けながら、オイタが過ぎた神様にはお仕置きが必要でしょうと、悪魔の如し笑顔を見せるラウール。その刹那……ラウールの右手からグシャリと、あからさまに宜しくない音が響いた。
「グッ……ギャァぁぁぁッ⁉︎ あ、足が……! あ、し……」
「薄汚い人攫い如きが……俺の宝石に手を出そうなど、身の程知らずもいいところですね……? さて……と。ほら、ここで何をしていたのです? 施設送りの挙句に解体されたくなかったら、正直に答えた方が賢明ですよ?」
「そ、それ……まさか……?」
「おや、これが何か……お分かりになるのですね。あぁ、そうそう。申し遅れました。俺はラウール・ジェムトフィア、と申しまして。……この名前に、思い当たることはおありですか?」
「ジェ、ジェムトヒア……⁉︎」
痛みで呂律が回らなくても、とある方から警戒するようにと言われていたキーワードを聞かされて、ジョーイは喧嘩を吹っ掛けた目の前の相手が悪魔どころか、底抜けに残酷な魔王だったことを思い知る。
ジェムトフィア……宝石達の懸念となる者。ピリピリと警戒心を掻き立てる微光を纏う、特殊な銃口を向けられたらば最後。カケラとしての機能は強制停止させられてしまう。その屈辱は嫌というほど経験済みだと、彼を作り上げた帽子屋はさも悔しそうに、語っていたが。
「わ、分かった……何でも、話すから……!」
「素直でよろしい。それでは、早速……」
淡々と尋問を始めるラウールの背後で……一部始終、怯え通しのキャロルとジェームズ。なぜなら……。
(……これ、尋問だけでは済まない気がします……)
【(ジェームズもそう、オモう。ラウール、オコってる。キャロルをヨコドり、マチガいなくアウト)】
その笑顔はどこまでも意地悪く、どこまでも気味が悪い。
そんな店主の姿は直視できないと……クルリと背中を向けてはヒソヒソと互いに気を紛らわせる1人と1匹。結局、尋問だけでは済まなかったラウールのお仕置きが終わったのは……それから小一時間後だった。




