スペクトル急行の旅(14)
お互いの悪巧みが露見したとあっては、ルーシャムもオルヌカンもこのままでは非常に外聞が悪いと、気づいたのだろう。何かを取り繕うように、その場である種の公約を取り交わすことにしたらしい彼らは、ぎこちなくも硬い握手を交わし……一連の狂言と狂騒は無事、1つの終わりを見出していた。
両国の公約条件は追って決定するということだったが、あれだけ盛大に自分達の顔に泥を塗ってしまったのだから……きっと波風を随分と抑えたものになるのだろう。
一方で……和解劇があらぬ方向に転がって、擦った揉んだの後はどこまでも部外者で通すつもりだったラウールは、更なる試練を抱え込む羽目になっていた。
「……爺様。俺はいつまで、こんなお遊びに付き合わなければならないのですか?」
「何を言っておるのじゃ! こうしてルーシャムとオルヌカンを見事に仲直りさせたんじゃから、ラウールの方が間違いなしに主賓じゃろう! うむうむ! 余の可愛い孫の賢さを皆に教えられて、余は満足じゃ!」
「別に俺は賢い訳ではありません。ただ、人様とは感覚がズレているだけです」
予定通りの時刻にキシャワに到着し、ルーシャムが用意していたホテルへ案内された後は、身柄解放だと思っていたが。……その見通しは大様にして、甘かったらしい。結局、明日の式典に引っ張り出されることになった上に、ますますラウールを気に入ったらしいムッシュは、ルーシャム滞在中の護衛も追加で依頼することにしたようだ。……その結果、拘束日数が2日から5日に延びることが自動的に決定してしまったのだが……。
(しかし……これ以上のお節介はしないように、俺も気を付けないといけませんね……)
今朝の活躍を、どこかの誰かさんが苦々しい表情で見つめていたのに、気づけない程ラウールは鈍感ではなかった。きっとグスタフはその場の空気に飲まれて滑稽に声を上げたことで、自分の方は恥をかいたとでも思っているのだろう。終始、彼はムッシュが散々ラウールを褒めるのを、羨望の眼差しで面白くなさそうに見つめていたのだ。そんなグスタフの存在もあり、これ以上は絶対に目立つまいと決め込むものの。ムッシュの様子ではそれも難しい気がして、ますます気が滅入るついでに……ホームシックになりかけるラウール。
(……とにかく、後少しの辛抱です……。兄さんは果たして、無事だろうか……)
自分でも情けないと思いつつ。その時ばかりは、くたびれつつも自分のことを何よりも分かっているモーリスの面影が恋しく思えて、仕方ない。それでも……とにかく今は鳴りを潜めて無事に帰還することを考えなければと、残りの数日間は大人しい猫に戻ろうと、決意したのであった。
【おまけ・スペクトルについて】
宝石ではなく、広義で言えば情報や成分を可視化した物を指す言葉ですが、作中では殊に「分光分布」(光の分散や光の散乱)を念頭に置いて使っています。
一言に光と言っても、様々な波長によって屈折率や反射率が異なり、光が私達の目にどう到達し、どう映るかで感じられる色彩の変化が生じる……という、どこまでも1つの仕組みでしかないのですが。
……そんな小難しい事を言ってしまうと、色々と気分の方が色褪せてしまうので、あまり深く考えない事にします。
知恵熱が出ちゃいます。
まぁ……正直に白状しますと、響きが格好良かったから使ってみただけなのです……。
思いつきで暴走する癖は、そろそろ治さないといけないかも知れません……。
【参考作品】
『オルヌカン城の謎/怪盗紳士・アルセーヌ・ルパン』
地名と財宝の名称を拝借しています。




