アンダルサイトのから騒ぎ(27)
エントランスで、思わぬ手がかりを見つけはしたが。折角、足を伸ばしたのだから、このままアッサリと帰ったのでは少々勿体ない。そうして、エントランス横の階段を登り、廊下を隈なく探していると……擦り切れた絨毯に鼻を擦り付けているジェームズの鋭い嗅覚が、貴重なヒントを嗅ぎつけたらしい。彼が訝しげに立ち止まった部屋を覗いてみれば。そこは、特段何の変哲もない居室ではあるが……。部屋の隅に拗ねたように置かれているソファには、置き去りにされた様子の何かが乗っていた。
「……聖堂をリユースしたものだとすれば、ここはどんな部屋だったのでしょうね?」
【さっきのエントランスもホントウは、ミサとかをやっていたのかもシれないが……イスなんかも、トりハラわれていたな。だから、イマはシュウキョウガラみでのリヨウはないんだろう。それなのに……】
「これは帽子でしょうか?」
【こいつはビレッタぼう、とイう。クロいというコトは……モちヌシは、シサイクラスのキョウショクシャだろうな】
「……ジェームズは随分と詳しいのですね……。ロンバルディアでは特段、国教は定めていなかったと思いますが……」
この屋敷……否、聖堂に足を踏み入れた瞬間から、いつも以上の博識を発揮し始めるジェームズ。そんな彼の言によると、聖堂には中心となるフロア以外に、申し訳程度に司祭の居住スペースが設けられていることがあるそうだ。とは言え、居住目的で作られた建物ではないため、部屋はそこまで多くはなく……彼らがいるのは、貴重な教職者の元・居住スペースということらしい。
【……タシかに、ロンバルディアにはシュウキョウらしい、シュウキョウはハヤっていない。だけど、コクナイはキリストキョウトがダントツでオオい。オウゾクとして、シュウキョウのケイコウをシっておくのは、タイセツなコト。……シュウキョウがゲンインで、センソウになるコトもスクなくないからな】
「あぁ、なるほど……。確かに宗教人口からすれば、キリスト教徒が圧倒的に多いでしょうかね。でなければ、美術館で気軽にマリア像を拝めるようにもならないでしょうし」
【そうだな。しかし……このボウシ、トクにイヤなニオイがする。このヘヤジタイのニオイはカスかだが……。こいつはタブン、マヤク……アヘンのニオイだ】
ラウールも酒臭いついでに、そんな匂いをさせていただろう? ……と、さも当然のように言われれば。お気に入りのライダースジャケットが非常に迷惑な浸礼で天に召されたことも思い出し、さも気に食わぬと鼻を鳴らすラウール。今は仕方なしに、間に合わせで黒いピーコートを着ているが……バイクに乗る場合は、革製のライダースジャケットの方が防寒性と防護性において、圧倒的に優れる。
「って、そんな事を考えている場合でもありませんか。ジェームズ、その帽子ですが……どうです? 他に気になる匂いはありませんか?」
【あまり、ネッシンにカぎたいモノじゃないが……ふむ。ハマキのニオイがするな。しかも、こいつはトびキりジョウトウなヤツだ。ジュウコウなアマいカオリ……ダークチョコレートとバニラのツヨいヨイン。タブン、ハバノス・マデューロ5・ヘニオスだろう】
「……と、言われましてもねぇ。俺は酒とタバコはやりませんから。それこそ継父はよく、ワインとタバコを嗜んでいたみたいですけど……彼が愛用していたのは、薄っぺらい安酒と安タバコでしたし。そんな高級品には、縁もゆかりもありませんね」
【……テオもソウトウ、クロウしていたんだな……。まぁ、とにかく……だ。ハバノスはハマキのトップ・メーカーだ。ハマキ1ホンで、ドウカ15マイもザラだとキいたコトがある。こんなモノをスえるヤツは、フトコログアイもいいにチガいない】
「タバコ1本で銅貨15枚ですか……。マウント・クロツバメが1缶でその位のお値段ですし……。私、コーヒーも高級品だと思っていましたけど、タバコもとっても贅沢なものなんですね……」
キャロルが何気なく呟いた、比較対象にちょっぴりバツの悪い思いをさせられるラウール。彼女にラウールを詰るつもりはないのだろうが、遠回しにコーヒーで散財していると指摘されたような気がして、肩身が狭い。
「とりあえず、その組み合わせですと、俺達がお邪魔したバーと繋がりがありそうですかね。さて……と。でしたら、今度はそちらに足を伸ばす……ついでに、どこかで夕食でもいただきましょうか。それに……キャロルがクロツバメなんて言うから、どうしてもコーヒーが飲みたくなったじゃないか」
しかし、ささやかな反省はすぐに霧散して。今度はコーヒーを飲みたいと駄々をこねるラウール。
それはキャロルのせいではないと思うが……相変わらず、カフェインの補給に余念がないラウールを尻目に、こっそりと1人と1匹でやれやれと目配せをするキャロルとジェームズ。それでも、抜かりなくジェームズの鼻先にぶら下げていた証拠品をしっかりと押収して、そのスジの知り合いに見てもらおうと考えるラウール。しかし、相談ついでにキャロルの衣装を新調せねばならないが……。
(クッ……! この調子ですと、やっぱり限定ブレンドはお預けでしょうか……)
そうして、ムッシュから色まで付けてもらった報酬もコーヒーを買う余裕もなく、みるみるうちになくなっていくと考えさせられては……どんな形であれ、酒盛りはするべきではないと改めて肝に銘じるラウールだった。




