アンダルサイトのから騒ぎ(22)
「モーリス・ジェムトフィア君! ちょっと、いいかね⁉︎」
「あ、おはようございます……ブキャナン警視。えっと、如何致しましたか?」
「如何致しましたか、じゃないぞ! どう責任を取ってくれるんだね⁉︎」
「はい……?」
ホルムズの元に朝の挨拶に来ていたはずなのだが……出勤早々、顔を真っ赤にしたブキャナン警視に捕まってしまうモーリス。何かを勘違いしているらしい上司が一方的に言い分を並べているのを、ふむふむと聞いては……懲りずにこの人は余計な事をしているのだと、モーリスとしては尚も弟が不憫で仕方がない。
「お話を要約するに……頼みもしない資格取得に燃えていたヴィオレッタ嬢が、その出先で行方不明になっている……と。ですけど、警視。それは……どこをどう考えても、僕達が責められる要素が1つもないのですけど……」
「なっ……!」
「第一、先日の結婚式の際にも、しっかり申し上げていたはずですよ? 弟にも婚約者がいると。しかし、ここまで変な言いがかりをされては、僕も考えざるを得ません。仕方ありませんね。本当は、そんなことしたくないのですけど……ここはヴィクトワール様を通じて、警視総監に相談しますか……」
モーリスが普段の温厚な様子からは想像もできない程に、非常に物騒なことを言い出すが……。こうなっては仕方ないのかも知れないと、彼らのやり取りを窺っていたホルムズも首を振る。
ブキャナン警視は冗談抜きで「いるだけ」の給料泥棒である。警察の仕事もしていなければ、目立った手柄もない。それでもこうして堂々と警視を名乗れるのは他でもない、ブキャナンという家柄が幅を利かせているからだ。そんな彼の配置換えは言われずとも、当然と言えば、当然だろうに。
「やれやれ……警視は本当に、現実を見ようとしないのですから、よろしくない」
「ホルムズ君⁉︎ 君まで、何を言い出すのだね⁉︎」
「そう、カッカしなさんな。ヴィオレッタ嬢及び、一緒に行方不明になっているレディ達の捜索には、ヴィクトワール様が直々に動いているそうです。先程、モーリスに対して報奨金が出ているご連絡のついでに、そんなお話を頂きました。まぁ……どうせあの様子ですと、ヴィオレッタ嬢が余計な事をしただけでしょう。それはモーリスに詰め寄る以前に、自業自得だと思いますよ」
そこまでピシャリとホルムズ警部が言い切ったところで、モーリスは助かったと胸を撫で下ろすが……同時に、身に覚えのないご褒美に嫌な予感を募らせる。正直なところ、ヴィオレッタ嬢が行方不明になっているのだって、今さっき知ったばかりなのだ。当然ながら、捜査には参加もしていない。
(ラウールの奴、また僕のフリをしたのか……?)
さも順当だと言わんばかりに、ストレートにそんな予想が出来てしまう自分の身の上が恨めしい。逃亡手段として利用されたわけではなさそうだが……相も変わらず、弟はモーリスの知らない所で遊びまわっているようだ。
「私は優秀で上司思いの部下を持てて、鼻が高いよ。聞いたところによると……ロンバルディア領とは言え、かのヴランティオにまで捜査に行っていたんだって? しかも、阿片取引の現場を押さえ、抵抗する酒場のゴロツキを一網打尽にしたとか! その上……ふふふ。本当に、お前はよくできた奴だよなぁ。それが私の指示だという事にしてくれたおかげで……私にまでヴィクトワール様からありがたいお言葉と、ご褒美をいただける事になった」
「そ、そうでしたか……。あんまり、大々的に騒がないでいただけると助かります……」
きっと、ラウールがホルムズ警部の名を出したのは、嫌がらせの余興だろう。彼も「なんちゃって」とは言え、モーリスの上長が最終的にはブキャナン警視なのは知っているはずだ。それなのに、わざわざ中間管理職を名指ししてくる時点で……きっと、今まさに目の前で繰り広げられている光景を想像してのことに違いない。
「それはつまり……ジェムトフィア君は私を上司として、認識していないと言うことかね⁉︎」
「えぇと……まぁ。僕としては、警部の方がお付き合いも長いですし……。勝手に暴れてしまった手前、フォローもお願いできそうだなと思いまして……」
「ぐぬぬぬぬ……!」
モーリスが話を合わせつつ、言い訳をしてみれば。更に顔を真っ赤にして悔しがる、ブキャナン警視。彼の様子に、ラウールを仕方のない奴だと思う一方で……おかげでちょっぴりスッキリしたと、力なく笑ってしまうモーリス。
自分になりすまして、勝手に活躍をでっち上げられるのは、非常に迷惑だけれども。それでも、モーリスもラウールは無茶はすれども、非道なことはしないのもよく知っている。そんな難物の弟に都合よく使われるのも、兄の役目だとモーリス自身も割り切っていた。




