スペクトル急行の旅(13)
「さて、この列車に暴漢が潜んでいる訳ではないということが分かったところで……もう1つ、はっきりさせておいた方がいいことがあります。先ほど、オルヌカン様は家宝を盗まれた……と騒いでいましたが、ただ式典に参加するためだけにそんな大事なものを持ち込むのは、不可解だと思いませんか?」
「それはただの狂言だろう! 折角、こうして隣国の厚意でこのスペクトルに乗せてやったのに、私の配慮を台無しにして! どうしてくれるんだ、オルヌカン!」
ラウールの説明に形勢逆転とばかりに、今度は顔を真っ赤にしてドビーに詰め寄るガルシア。その見当違いのご立腹にいよいよ不愉快になりながら、ラウールは仕方なしにドビーを擁護するように話を続ける。
「……多分、それは狂言ではないと思いますよ? きっとあなたは、オルヌカン様の乗車には悪辣な条件を課していたのではないですか? その条件さえなければ……オルヌカン様もきっと、こんなバカな真似はしなかたっと思います」
「な、何を根拠にそのような事を仰るのです⁉︎ 貴方がこれ以上、出しゃばる必要はないでしょう! とにかく、オルヌカンにはしっかりと厳罰を……」
「怒りという感情には、その場を鎮める効果はありませんよ、ルーシャム公。大体……若造相手に何をムキになっているのです。俺の方はもう少し話したいことがありますので……そのあまりに耳障りな口、しばらく閉じててくれませんかね。で、爺様。もし良ければ、あなたが受け取った招待状をちょっと見せてくれませんか?」
「うむ? 別に構わんが?」
何やら確認したいことがあるらしい、ガルシアの狂騒を毅然と撃沈させると同時に、突然不思議な事を言い出すラウール。そんな彼のご要望通り、ムッシュがルーシャムから受け取った招待状を封筒ごと彼に手渡す。
「……おそらく、皆様の招待状には一律無償で招待します……と言った旨が書かれているかと思いますが、おそらくオルヌカン様に宛てた内容だけは特別な条件があったのではないかと思います。申し訳ありませんが、オルヌカン様。あなたの招待状も見せてくれませんか?」
「……」
詳らかに悪事を見透かされて、これ以上の抵抗も無駄と諦めたのだろう。先程まで憎々しげに見つめていた相手にさえも素直に自分の招待状を差し出すドビーと、そうして受け取った招待状を乗客全員に見えるように広げて示すラウール。確かに、ドビーの書状には……明らかに一方的な悪条件がつらつらと記載されていた。
“……つきましては、エネルギー開発技術と引き換えに、麗しのメヌエット嬢とオルヌカン家宝・エリザベートの肖像画を頂きたいと存じます。もし、取引に応じてくださるのであれば、まずは肖像画をお持ちください……”
「こ、これは……?」
「なんと……下劣な!」
「……要するに、そういうことです。ここにいるルーシャム公は、ロンバルディアとルーシャム間の列車開通記念式典に託けて、このスペクトル急行を走らせている技術と引き換えに、オルヌカン様から大事なものを2つも奪おうとしたんですよ。メヌエット嬢が誰かは存じませんが……麗しのとか但し書きがあるのを見ても、きっとお綺麗な人なんでしょうねぇ……」
「……メヌエットは私の妹です……。ルーシャムはあろう事か……私の妹を人質に取るつもりで、そんな条件を吹っかけてきたのです……! 最悪、肖像画の方はくれてやっても構いません。しかし……妹だけは、妹だけは……渡すものか……!」
そこまで苦しそうに吐露すると、一層激しく咽び泣くドビー。きっと……ここまで来るのにだって散々、悩んだのだろう。いよいよ痛ましい彼の様子には、流石のラウールでも気が滅入るものがある。
「……さて、この場合はどっちが被害者でしょうね? この後は当事者同士の話し合いによると思いますけど……俺としては折角、同じ山脈を挟んで領地を構えているのですから、啀み合うよりも……協力した方が互いにいいと思いますけどね」




