アンダルサイトのから騒ぎ(16)
ショーが中断されて、ステージの上で怯えたように蹲るのは3人の女性達。しかし、無惨に衣装を剥かれた胸元の輝きを見つめては……ラウールは込み上げてくる酸っぱい不快感の処理に大忙しだった。とりあえず、これ以上は明らかに自分の手に余る。そうして、ここは早急に事態の収束をしなければと、いよいよ怒声混じりで関係者達を縮み上がらせては、ラウールが要求を押し通し始めた。
「サッサと、店主を出さないか! これ以上、待たせるようでしたら……そうですね。3分ごとに、そちらの黒服さん達の指を1本ずつ、へし折りましょうか……?」
「すっ、すぐに支配人を呼んで参ります! 少々、お待ちくださいッ!」
「よろしい。それで、そこのあなたは、彼女達にガウンをご用意いただけます? それと、お電話を借りたいのですけど。そちらも当然、お願いできますね……?」
「もちろんです! 電話はカウンターの中にございます……!」
相手は確かに、たった1人だが。大男を一撃で降す剛腕ならぬ剛足を披露されては、尚も軍人上りらしい正義の味方に歯向かう猛者もいない。
お利口な彼らの様子に少しばかり満足しながら、ズカズカとカウンター内にお邪魔して、あまり慣れたくもない相手へ電話を掛ける。そうして、電話交換手にこれまた慣れた様子で繋ぎ先を伝え、第一声から盛大に嘯いてみるが……。
「もしもし……モーリスです。ヴィクトワール様、こんな時間に申し訳ありません……」
『嘘、おっしゃい。あなた……ラウール様ではなくて? それで? どうしましたの? こんな時間にモーリス様のフリをして……何か、ございまして? 』
双子の天敵に子猫ちゃんの悪戯は通用しない。そんな鋭いにも程がある彼女の反応に内心で舌を出しながら、肝心のご用件を差し障りなく伝えるラウール。ここは電話口で無駄に戯れあっている場合でもない。
「あっ、流石ヴィクトワール様です。そこ、見破ってきますか? いやぁ、敵いませんねぇ。まぁ、それはともかく。……ちょっとお仕事のついでに、例の保護対象を見つけたものですから。すみませんが可能な限り早めに、今から申し上げるバーに来てくれませんかね」
『まぁ、そうでしたの? もちろん、よろしくてよ! 住所はどの辺ですの?』
「えぇと……住所は、っと。182*アンパス96022、ヴランティオ。店の名前はバー・クリストフスライ。お願いできます?」
お任せあれ……と、大根役者のMonkey showを鮮やかに見破ったヴィクトワールが二つ返事で緊急出動をあっさりと承諾するが。電話の相手も相手なら、恐れ多い相手を鮮やかに呼び出す警察官も警察官だ。
そんな彼の様子にいよいよ恐ろしいと、店内の空気が外の寒空よろしく冷え切ったところで……ようやく支配人が奥から面倒くさそうに出てくる。しかし、意外にも……こんなショーを催しているのは、どこか妖艶な雰囲気を醸し出す中年マダムだった。
「ふぅ〜ん……あなたがここの支配人ですか?」
「えぇ、そうさね。ハンサムボーイ。で? いくら欲しいんだい?」
「はっ?」
どうも若い警察官(偽物)の要求は相当に捻れて、曲がった方向に解釈されたらしい。しかし……それも無理はないのかもしれないと、今度は遣る瀬ない気分になるラウール。
基本的に貴族の味方である警察官は、根本的にお駄賃に弱い傾向がある。無論、全員が全員、腐敗し切っているわけでは決してないのだが……悲しいかな。ブキャナン警視のように、権力と財力に目がない警察官が多いのが実情というもので。そんな現実が幅を利かせている以上、マダムの見当違いの交渉も当たり前なのかも知れない。
「生憎と、僕は安くありませんし……ただ単純に、お仕事で表の盗品の持ち主に事情をお伺いするつもりだったんですけど。たまたま、こうして見過ごせない事態に出会しましたので。ついでに、そちらの責任を支配人さんには取って頂こうかと思いまして」
「な……? お前、もしかして……!」
「おや……そのご様子ですと、彼女達の出自もそれなりにご存知ですか? いやぁ〜……こいつはめでたい! あなたから時化たお小遣いを貰うよりも、その情報料で報奨金を貰った方が格段にいいや!」
「……こいつは不味いことになったねぇ……! もういい! おい、お前達! こいつの口を塞いでおしまいな!」
「は、はいッ!」
これはこれは、威勢がいいことで。そんな風に最初から最後まで人を食った様子で、肩を竦める警察官相手にさも忌々しいと、いよいよ周りに侍らせている黒服4人に攻撃命令を出すマダム。その命令を受けて、それぞれ護身用らしい拳銃を構える彼らだったが……。所詮、ただの脅しの道具でしかない拳銃を構えたところで、プロを恫喝するには程遠い。
余裕綽々とばかりに、手元にあったアイスピックとフォークとを4人の肩に打ち込んでやれば。明後日の方向へ飛び出した銃弾が、ラウールの背後にズラリと並んだ酒瓶を撃ち抜く。
そうして、できればご遠慮したいおもてなしに、文字通り酒を浴びることになったと……ラウールはさも困りましたねと、尚も改めて肩を竦めて見せるのだった。




