アンダルサイトのから騒ぎ(14)
「さて、ジェームズ。先程の光景で気になった点はありませんでしたか?」
【……ヴランヴェルトのハンサムキャブは、ズイブンとゴウカなんだな。あれはちょっとしたキャリッジだったぞ】
キャリッジとは元々、馬車そのものを示す言葉である。しかし、現在では特定の馬車を指す言葉として定着しており、ジェームズがそんな言葉を引き合いに出して「ちょっとしたキャリッジ」と呆れて見せたのには……その言葉は、富裕層が個人所有している馬車に限られるからに他ならない。そんな事情があるものだから、本来は乗合馬車でもあり、気軽な仕立てが前提のハンサムキャブはキャリッジとは呼べないのが普通であった。しかし……。
「そうですね。通常、ハンサムキャブは2輪1頭仕立てのコンパクトなキャブリオレが用いられます。故に、車輪は1対だけのはずですが……先程の馬車は1頭仕立てではあるものの、前方にも小さな車輪が付いていたのを見るに……おそらく、キャリッジ風を意識しているのだと思います。装飾もそれなりに豪華でしたし、今のヴランヴェルトは相当、そちら方面の観光に力を入れているのでしょうね」
【あぁ、ダロウな。ショウジキなところ、あのゼンポウシャリンはカンゼンにオマケだろう。とはイえ……イマはオマケがあるおカゲで、テガかりがノコっているんだろうが】
最新鋭バイクの自慢の速度を落として、トロトロと大通りを転がしているのは、手がかりを手繰り寄せるため。ラウールとジェームズは雪の上に僅かに残っている轍から、行方不明の馬車を追おうと……かなりの難題に挑戦中だった。もちろん、相当の時間が経過している以上、轍から行方を追うのは無謀ではあるが……しかし、先程の詰所に並んでいたキャブリオレの様子を見る限り、多少の望みはありそうだと、こうして日没後の寒さで氷結した道と睨めっこを続けている。
昼頃には雪は止んでいたとは言え、気温もあまり上がらなかったので、大通りであろうともかなりの雪がまだ白いまま、残っていた。当然ながら往来も激しいため、かなりの部分は踏み荒らされてはいるものの。しかし、外れた場所にはまだまだ新しい足跡を付けられる程度には、雪が綺麗な状態で残っており、更に氷結もしてくれている以上……時間経過はあっても、踏み荒らされない限りは、きっちりと踏み跡の形を残してもいる。そして……。
「泥棒は基本的に、明るい場所を嫌がる傾向がありますからね。ですから……クククク。見つけましたよ、ジェームズ。ほら、この筋はなんだかコソコソと裏道へ続いている気がしませんか? これだから、素人さんはいけませんねぇ」
【ここまでミゴトにノコっていると、ミつけてくれとイわんばかりだな。しかし、アシアトにキをクバるのはクロウトのオオドロボウクライなもんだろう。そう、イってやるなよ】
大通りに比べれば綺麗な状態の雪上に残るのは、あまりに特徴的な2本の轍。ズッシリと重みを受けて深々と刻まれた主要の一線に加え、申し訳程度に刻まれたやや浅く細い補助線が、我こそはと宣言しているようにも見えて……その過剰な自己主張が、ますます滑稽に見えた。




