アンダルサイトのから騒ぎ(13)
相手の情報を探ろうと、キャロルは辛抱強く会話を引き伸ばそうとするものの。どうも、レイラは随分とせっかちらしい。いよいよ、これ以上は不愉快だと……後ろ手に縛られているキャロルの指に手を伸ばしては、目先のお宝を強奪し始めた。
「とにかく、グダグダ言ってないで……その指輪、サッサとお寄越し!」
「あっ、ちょっと待ってください、レイラさん! それは……」
「うるさいわね! あぁ、なんて美しいのでしょう。売るのが勿体ないわね……このまま、私が貰おうかしら?」
婚約指輪は相手がいなければ、意味もないだろうに。しかし、そんな野暮ったい感傷はお構いなしと言わんばかりに、レイラがうっとりと指輪を見つめた後、自分で自分の指に滑らせようとするが。しかし、指輪はレイラの左薬指に大人しく嵌るほど、素直でもなかった。
キャロルの婚約指輪はどこかの誰かさんに似て、非常に狭量かつ、相手を選ぶ代物である。レイラがいくら格闘しても、その輪は彼女の指には細すぎるらしい。……かと言って、収まる先が小指では逆に緩すぎる。そんなあまりにワガママな指輪をさも憎たらしいと、先程まで繕っていた上品さもかなぐり捨て、鼻を鳴らしては指輪を悔し紛れにポケットに落とすレイラ。その様子に……キャロルはお節介にも、別の意味で心配してしまう。
「あの……その指輪は、通常ルートで売れるものでもありませんから……悪いことは言わないです。返してください……」
「まぁ、キャロルは本当に生意気なのね。そんなハッタリが通用するとお思いなのかしら? いいこと? 私のお父様にかかれば、これを換金するのは朝飯前よ」
「は、はぁ……」
「そうだよね! なんたって、レイラのパパはあのペトルチオ様だからな! 不可能なんかないぜ!」
なんて、隣でニヤニヤとレイラの強奪劇を見つめていたジョーイが囃すものの。どうやら、今までの話からするに……ペトルチオ様というのは、ロンバルディアの貴族様ではあるらしい。しかし、とあるビジネスに失敗したとかで、多額の借金を抱えている様子。ジョーイの威勢から察するに、ペトルチオ様のビジネスにはなんとなく、キナ臭いものを感じるが……キャロルはそれがどんな相手であろうと、彼らが虎の尾を踏んでしまう前に、思い留まらせたいと考える。しかし、指輪を取り上げる暴挙をしでかした以上、彼らの余命も幾ばくかが縮んだような気がして……ブルルとつい、別の意味で震えてしまうのだった。
「とにかく……お父様はじゃじゃ馬慣らしもお手の物ですの。ま、ヴィオレッタは売り物にならない気がするけど……他の残りは、調教すればいい値で売れそうね」
「ちょ、ちょっと! それ、どういう意味よ⁉︎」
「そのまんまの意味さ、ヴィオレッタ。お前みたいな、太っちょはお呼びじゃないんだよ。ま、それはともかく……この中に適性がある子が混ざってたら、更に儲けもんだぜ。ご褒美もたんまり貰えるかも……!」
「適性……?」
「おっと! これ以上は内緒さ。ペトルチオ様に怒られちまう」
とにかく、大人しくしていろよ……と、吐き捨てつつ最後までニヤけた表情のジョーイを引き連れて、レイラが退散していく。彼らの様子を見るに、ここでの親玉はレイラの方らしい。そうして仲良く連れ立って退出したかと思うと、しっかりと扉に鍵をかけている音が聞こえてくるが……小さくカチャンと響いた単純な音を聞くに、鍵自体はあまり複雑なものではなさそうだ。そんな事を考えながらいよいよ、この窮地をどのように打破しようかと考えるキャロル。自分1人であれば、ここから脱出するのは非常に容易い。しかし、他の4人も一緒に脱出するとなると、難易度は一気に最大値に跳ね上がるだろう。特に……。
(ヴィオレッタ様はあまり長く走れそうにないですし……)
普段の贅沢さ加減を、何もこんなところで最大限に発揮しなくてもいいだろうに。ヴィオレッタはやや膨よかで、若干面積も大きい上に……悪いことに今日も今日とて、非常に煌びやかな衣装を着ていたりする。きっと、衣装自体は高級なものには違いないが。ご用向きがお勉強だったとしても、お茶会だったとしても……ドレスコードが根本的に合っていない。
「まぁ……考えている暇もないですか。とにかく……ここはみんなで逃げますよ」
「に、逃げるって……どうやって?」
「そうですね。まずは……縄を解いてしまいましょうか」
そうして、アッサリと自分の戒めを解くと他の4人の縄も解いてやるキャロル。その上で、部屋の隅に乱雑に放り投げられはしたものの、運良く取り上げられなかったらしいダレスバッグの中から、ある物を取り出しては……しっかりと施錠されている扉へ交渉を仕掛け始める。
「これで……よし、と。とは言え……このままみんなで動くと目立つかしら……。仕方ないです。ここは私の方で退路を確認してきます。すぐに戻りますから、少し待っていてくれますか?」
「え、えぇ……それは構いませんけど……」
「キャロル、あなたは大丈夫なの?」
「ふふ。少しくらいは平気です。攫われたり、閉じ込められたり……逃げ出したりは日常茶飯事でしたから」
「は、はぁ……」
悲しいかな、それもハッタリではなく、本当のことである。
キャロル自身はそちら側の訓練は1度も受けたことはない。しかし一方で、カケラとしての性質量が大幅に増えている以上、身体能力もそれなりに底上げはされており……それでなくても、逃げ足だけが自慢だった怪傑・サファイアはちょっとだけ強気な怪傑・クリムゾンに改名したばかり。元々、危険と隣り合わせのコソ泥稼業をしていた手前、逃げ回るための勘は衰えてもいなかった。




