アンダルサイトのから騒ぎ(12)
「こんな時間なのに、意外と活気があるのですね、馬車の詰所というのは」
【そうだな。だけど……】
「えぇ、分かっていますよ。こいつはちょっとした、ハプニングの余韻でしょう。何か、お困りごとでもあったんですかね?」
そろそろ、夜も11時だというのに。馬車が並ぶ詰所には、未だに何人かのキャブマンが熱心にも残業をされているらしい。キャブリオレに繋がれていないのを見るに、馬は休ませているようだが……どうも、何かが足りない様子で、彼らが困ったぞと話し込んでいるのが聞こえてくる。
「すみませ〜ん……少し、お伺いしたいことがあるのですけど……」
「おや、いらっしゃいませ。もしかして……馬車のご用命でしょうか?」
「いえ、そうではないのです。実は、人を探しておりまして。今日、皆さんの中に鮮やかな赤毛の女性を乗せた方はいませんか?」
「いいえ? 少なくとも、私は知りませんが……そっちはどう?」
「いいや? 俺もそんなお方は乗せてないな」
それぞれ懐中電灯片手に、話し込んでいるキャブマンは総勢、3人。しかも幸運なことに、彼らはお仕事への矜持も持ち合わせているらしい。流石、お堅いヴランヴェルトを縄張りにしているだけあって……飛び込みでやってきたラウールにも非常に丁寧に応じてくれるのだから、有難い。
「そうですか……お仕事中にお邪魔して、すみませんでした。ところで、皆さんはこんな時間まで、どうされたのです? 何か、お困りごとでも?」
「あっ……実は、昼頃にここの馬車が4台持ち出されておりまして……」
「4台も……持ち出されていた?」
「はい……もちろん、僕達も誰かが仕事で出庫していたのだとばかり、思っていたのですけど……。それが一旦の刻限を過ぎても戻ってこない上に、ここに詰めているキャブマンは全員揃っていたものですから。ですので……」
「あぁ、なるほど。誰かがキャブマンに成りすまして、馬車を盗んだ……ということでしょうか?」
えぇ、そうだったみたいです……と、キャブマンの1人が答えれば。他の2人もどこか、困ったように肩を竦める。4台も足りないらしいというのに、ズラリとまだまだキャブリオレが並んでいる時点で、この詰所の規模は相当のものだろう。おそらく、ヴランヴェルトでのハンサムキャブの需要は高く……延いては、この詰所の出入りはかなり活発なのだと推測できる。……いちいち誰がどの馬車を持ち出したかなんて、気にも留めないだろう。
「それ、被害届は出されたのですか? 馬車ごと……ってことは、馬も一緒ですよね?」
「そうなんですよ。しかもうちで利用しているのはハクニーですから……」
「ハクニーですか……。だとすると、馬自体にもかなりの価値がありそうですね」
馬車馬の中でも最上級種とされるハクニーは、並足での優雅な歩様が特徴的で……かなり高価な馬でもある。そんな高級馬を利用する理由はおそらく、観光向けのパフォーマンスの意味合いが強いのだろう。
終戦後に首都・ヴランティオを中心として学芸都市として発達してきたヴランヴェルトは、今や堅牢な古城と格式高い商業地区を擁する観光都市として、ジワジワと知名度を上げてきている。そんな歴史を重んじる風潮にあっては、気軽なはずのハンサムキャブ1つとっても、馬もキャブリオレも……そして、馭者も一味違うということらしい。ラウールの質問に迷惑な素振り1つ見せずに、こうしてきちんと接客をしてくれるのだから、ホスピタリティの高さには頭が下がる思いだ。
「被害届は盗難が判明した時点で出したのですが……」
「その時間も時間だからね……。夕刻を迎えた後でしたので、警察が本格的に動いてくれるのは明日からでしょう」
「だよね……。こんなに真っ暗じゃ……見つかるものも、見つかりませんよね……」
そうして3人でめいめいため息をつくと、残りの仕事をしましょうかと懐中電灯を照らしながら、キャブマン達が馬車のナンバーをチェックし始める。彼らの話では、ハンサムキャブの需要が本格的に高まるのは、これからのお時間なのだそうで。いくらお堅い雰囲気の観光都市とは言え、キャバレーやバーもあれば、夜はリストランテでも酒が出る。なので、店側からのお客様の送迎でお呼びがかかることが多いそうだ。
「で……今日の事もあり、残っている馬車のナンバーを確認すると同時に、どの車体がなくなっているのかを把握しておこうというわけです。これからの時間が書き入れ時ですからね。とりあえず残りが揃っているうちに、整理しておこうと」
「そうでしたか。でしたら、これ以上はご迷惑ですよね。貴重なお話、ありがとうございました。俺の方も馬車を見かけたら、警察に声をかけることにしますよ」
是非、そうしてください……と、最後まで丁寧な様子の彼らを邪魔してはいけないと、ひっそりとその場を後にして、バイクに戻るラウールだったが。何となくだが、馬車の失踪とキャロルの行方不明が無関係にも思えない気がして……折角だから、もう少しヴランティオの街中で夜更かししてみようかと、お利口に待っていたジェームズに声をかける。
「……ジェームズ。このままもう少し、お付き合いいただけますか?」
【ワンッ(カマわないぞ)】
愛犬の頼もしい返事を頂いたところで、馬車の特徴をしっかりと思い描いては……いかにも貴族様がお気に召しそうだと、やっぱりどこか皮肉まじりで考えてしまうラウールだった。




