アンダルサイトのから騒ぎ(10)
「キャロルって、ラウール様とどこでお知り合いになったの?」
「私は元々、コーネという寂れた町の出身だったのですけど……鑑定のお仕事で来ていたラウールさんとは、コーネの模造宝石の窯元で知り合いました」
「模造宝石……?」
「えぇ。私はそこで、コーネ・コランダムという模造サファイアを作る仕事をしていたんです」
細かい部分は事実と大幅に異なるが。ラウールとキャロルの馴れ初めについて、部外者に話すにはその程度の内容で事足りるだろう。そうして、キャロルは自分達の素性を隠す最低限の嘘をついている事にさえ、若干の罪悪感を覚えつつ。同年代の女の子同士のお喋りの楽しさも、実感してもいた。
「へぇ〜……宝石鑑定士って、出張のご依頼もあったりするのね」
「みたいですね。特に貴族さんのお屋敷には、鑑定対象がたくさんある事も多いみたいで。その場合は出向いてしまった方が、都合がいいそうですよ」
「って、ことは……鑑定するべき宝石があれば、ラウール様が来てくれるってことかしら?」
「えっ?」
しかし……やはりと言うか、何と言うか。ヴィオレッタの狙いは相変わらず、ラウール一直線のご様子。先ほどの連れない様子を見ていても、ラウールがブキャナン家の仕事を請け負う可能性は非常に低いと思われるが……折角のフワフワした雰囲気を壊すのも良くないかと、そうかも知れませんね、と差し障りのない受け答えで濁すキャロル。普段はあまり口にしない紅茶の香りに気持ちも高揚させては、こんなに楽しくお喋りしたのはいつ以来だろうと、考えてしまう。
「……さて、と。そろそろ、お時間かしらね。悪いんだけど、レイラ。馬車を呼んできてくださる?」
「かしこまりました。えぇと……数は3台で良いかしら?」
「そうね。あなた達の分と私達の分でお願いするわ」
「3台……ですか? 4台ではなく?」
しかし、何かを示し合わせたように彼女達が呼ぼうとしている馬車の台数に、変な声を上げてしまうキャロル。ハンサムキャブの定員は2人まで。確かに総勢6人であれば、人数的には馬車3台で足りるだろう。しかし……キャロルが1人で乗る場合は、どうしても4台必要なはずである。となれば、ヴィオレッタが了承した台数ではどうにもこうにも、数が合わない。
「折角ですもの。私はこのまま、キャロルと一緒にお邪魔するわ」
「へっ……?」
まさか、最初からこの状況を狙っていたのだろうか? お茶代を出してもらった手前、既に断ることができない雰囲気を醸し出しているヴィオレッタ嬢一味だったが……Being outnumbered、多勢に無勢とは、まさにこの事。昼食をキッカケにできたお友達との関係を壊したくない気持ちと、このままヴィオレッタをご案内したら怒られるだろうという不安と。その2つをいくら天秤にかけてみても……その時のキャロルはなかなか、結論を出せずにいた。
***
「遅い……遅い、遅い、遅い! キャロルは一体、どこまで行ったのでしょう⁉︎」
【ラウール、オちツけ……と、イいたいトコロだが、タシかにオソいな。もしかして、あのナンちゃってケイシのムスメにサラわれたか?】
先ほどから、何度も何度も見つめている懐中時計をもう1度、睨んでみれば。針は夜の10時を過ぎていると示している。そんな時間まで、相棒との再会が叶わぬ状況にラウールの不興はいつにも増して、どんどんと積み上げられている。その場で散々、ブツブツと穏やかではないことをアレコレと呟いていたかと思うと……ふと、いよいよ不穏な予想に辿り着いたらしい。急に怒り顔から、不安そうな顔に表情を切り替え、ポツリと最も避けるべき懸念事項を漏らす。
「もしかして、キャロルはまた……何かに巻き込まれたりしているんでしょうか?」
【……アりエるな。キャロル、オソくなるようだったらタブン、デンワヨコす。だけど、こんなジカンまでそれがないとなると……ヨくないコトがオこっているのかも】
「……仕方ありません。こちらから探しに行ってしまいましょう。すみません、ジェームズ……」
【ワカっている。サッソク、デかけるぞ】
心得ていますとばかりに、ジェームズがスクッと立ち上がると、テテテと爪音も軽やかにガレージの方へ歩き出す。そうして、そんな愛犬を乗せたバイクを走らせる先は……ロンバルディアの首都でもあり、観光地でもあるヴランティオ。あの辺りでお喋りを楽しむとなると、選択肢はまずまず限られる。しかし……。
「……ジェームズ。とは言え……」
【そうだな。ヴランティオはヒロいマチだ。ジェームズのハナだけでは、サガせないだろう】
「そうなれば……そうですね。まずは、あのエリアの辻馬車の詰所に向かいますか。そこでキャロルを拾った馬車がないか、確認してみましょう」
調査は地道に確実に。事を焦って、闇雲に探しても成果は付いてこない。そうして、場合によってはそちら側のプロを頼ることも視野に入れつつ……それでもつい、焦りと一緒にチェンジギアを踏み込んでしまうラウールだった。




