スペクトル急行の旅(12)
「あぁ、やっぱり……自作自演ですか。なんとなく想像できてましたけど、こうもお粗末だと何も言えませんね……」
もう手の施しようもないとばかりに、目の前で身動ぎもしない相手に冷たく言い捨てるラウール。折角、周到に衣装まで用意していたのに……子供騙しの小細工にまんまと引っかかったドビーを蔑むように見下ろしながら、ため息まじりに言葉を続ける。
「……本当は俺に手傷を負わせて、実行犯から爺様を守ったと言うお墨付きも狙うつもりだったんでしょう? だから、俺の方を狙ったんですよね。最悪、王位継承権もない俺の方は多少傷つけても、爺様ほどの騒ぎにはならないし、爺様を無傷で守ったとあればオルヌカン家に多大な箔が付く。その上で……この憎たらしいスペクトル急行に泥を塗ることもできるとあれば、とても素晴らしい筋書きだったと、思いますよ」
「あぁ、そういう事じゃったの。確かにあの状況で助けてもらったとあれば、余も喜んで褒美を進呈しちゃうかもしれん。しかしのぉ……だとしたら、ほんに運が悪かったの。ラウールはこう見えて、騎士団長のヴィクトワールを剣術で下すほどの実力者での。……場合によっては、ロンバルディアで一番強いかもしれん」
「……それは大袈裟ですよ。あの時のヴィクトワール様は本調子ではなかったのですから、俺が模擬試合で勝てたのはたまたまですし……と、失礼。話が脱線しました。何にしても、昨日から堂々と可愛い孫等と罵られていた俺が手傷を負えば、爺様は動揺して動けないと判断したのではないですか? だから、追手もないと考えていたのでしょう。その上で、あのマスクなりを剥ぎ取って……暴漢は私が成敗しました、残念ながら取り逃しましたが、奴はこの列車から落ちましたよ……とでも大騒ぎをすれば、一躍ヒーローになれるでしょうよ。ま、あなたの頭に浮かんでいたのがそこまで陳腐な内容だったとまでは言いませんが、そのお顔ですと大凡、合っているのでは?」
「そんな、靴底の飴がなんだというのです。それこそ、たまたま踏んでしまっただけかもしれないでしょう? そ、そうだ! 昨日の昼食時にブランネル公様が服薬されていたものなのでは?」
そこまで詰め寄られても、他の可能性を模索して苦し紛れに立場を守ろうとするドビー。あまりに情けない様子に少々うんざりしながら、トドメを刺すように最後の証言を突きつけてみる。
「残念ながら、この薬は頓服薬なんですよ。ちょっと調子が出ない時に、1粒ずつ気軽に服用できるようにキャンディ型をしているに過ぎません。実を申せば、この列車に乗せられてから食欲も体調も絶好調だった爺様が車内で服薬する場面は、1度もありませんでした。にも関わらず、そんな薬があなたの靴底にくっついている。さてさて。昨日の就寝前に俺がばら撒いておいたこいつを、あなたが踏んで行ったのは……いつのタイミングでしょうね?」
「……!」
最後の最後に意地悪い笑顔を見せながら、ドビーを見据えるラウール。一方でドビーの方はいきり立つでも暴れるでもなく……観念したように、その場でさめざめと涙を流し始めた。彼の涙の意味を逡巡しながら……この茶番にもう少し付き合わなければならないか、とラウールは深々とため息をつく。全く……涙を流せればいい訳ではないだろうに。どうして人はこんなにも、器用に綺麗な涙を流すことができるのだろう。




