彗星のアレキサンドライト(4)
馴染みたくもない、自室の白い壁を綺麗なオレンジ色の夕日が鮮やかに染め始める。穏やかな色はどこか、ルヴィアの気分を慰めるようでいて……毎日の終わりを感じさせる度に、身を締め付けられるような気分になる。
(お祖父様とお祖母様に会いたい……。どうして、私でなければいけないのかしら……)
ルヴィアの母親は生まれつき体が弱く、療養のために故郷の片田舎で暮らしていた。しかし、常々権威の拡充に余念のなかったロヴァニアは結局、母親の死際でさえも彼女の元を訪れたことはなかった。元々、その結婚さえも母親の美しさに目が眩んだロヴァニアが財力に物を言わせて無理やり結んだ婚姻だったが、肝心の母親が病を得て使い物にならないと判断するや否や、アッサリと婚姻を解消し……あろう事か彼は幼いルヴィア共々、彼女達を田舎の実家へ追い払ったのだ。しかし、そんな境遇に放り出された母娘を彼女の祖父母は暖かく迎えてくれて。……ルヴィアは祖父母の元で何不自由なく、確かに幸せに暮らしていたのだ。そう……あの迎えの馬車がやってくるまでは。
「あの、どちら様……でしょうか?」
「ロヴァニア様より、ご息女をお迎えするようにと参上いたしました。……ルヴィア様はいらっしゃいますか?」
「……ロヴァニア家と孫は既に絶縁しているはず。それを今更、何を勝手なことを仰るのですか。あの子は私達の孫であって、あの方の娘ではありません」
「確かに、あの子に血縁はあるのでしょう……しかし、娘共々放り出したあの悪魔に孫をお渡しするわけにはいきませんわ。……お引き取りください」
「……チィ、老いぼれが。ロヴァニア様からきちんと支度金は頂いている。それを有り難く受け取ったら、さっさとルヴィア様を渡引き渡せ。次第と返答によっては、穏便には済まないかもしれないぞ……?」
とても名士の従者とは思えない野蛮な口ぶりと、手を添えられたレイピアの構えに、彼の意図を否応なしに感じ取って押し黙る老夫婦。そうして非情な脅しの結果に……ロヴァニアの従者は易々とルヴィアを馬車に押し込むと、別れの言葉さえも紡げないままの彼女を強引に連れ去った。涙を流して馬車に揺られて辿り着いた、かつての生家。その主人の勝手な言い分に拒絶を示すことも許されずに、他人事にしか思えない繁栄の犠牲になれと……こうして与えられた部屋で毎日ぼんやりと夕日を眺めては、自分の境遇を嘆く日々が延々と続く。
ロヴァニアが突然ルヴィアを呼び戻したのは、他でもない。白薔薇貴族こと、王家に連なる血筋を持つグスタフとの縁を獲得するために、彼が花嫁選びを兼ねて開いた舞踏会にルヴィアを参加させたかったからだ。その話を聞かされた時、ルヴィアはそれにさえ選ばれなければ祖父母の元に帰れると考えていたが……彼女もまた運悪く、母親譲りの美貌の持ち主だった。結果、見事にグスタフの目に留まったルヴィアは今度の16歳の誕生日を持って彼のもとに嫁ぐ事に……本人の意思とは関係なく、取り決められていた。
(誕生日まで、後2週間ちょっと。私は16歳になったら、今度はグスタフ様の元に一生閉じ込められるのかしら……)
懐かしい草の匂い、暖かいスープの香り。幼い頃から裸足で駆け回った花畑も、遊び疲れて寝転がっては見上げた青空も。何もかもが、今のルヴィアには遥か遠いものに思えて……ただただ、その身の境遇を呪うことしかできなかった。