アンダルサイトのから騒ぎ(7)
(ゔ……今日の内容も難しかったかも……)
初日の講義内容はあれで、ブルトン先生的にはまだまだ初心者向けだったのかも知れない。2日目はますますグレードアップした難易度に追いつくのに必死すぎて、講義の時間さえもあっという間に感じられる。そうして折角の昼休みだというのに……キャロルは辛うじて内容を書き取ったノートと睨めっこをしては、ウムムと唸っていた。
(えぇと。ムーンベニト山系の鉱脈はマルディア系統で……かつてはクロツバメ山脈と同じ鉱床の上にあった……と。で、地殻変動と大陸の隆起・分裂で移動して……マルヴェリア領とロンバルディア領に分かれて……)
もちろん宝石も鉱物である以上、産地の特定をするのに鉱物学、延いては鉱床学の知識は多かれ少なかれ必要ではある。しかし、いくら何でも最初のカリキュラムにここまで専門的かつ、あまりにニッチなお題目を持ってくるのは、限りなく意地悪な所業であろう。
(分からなかった部分はやっぱり、ラウールさんに聞こう……)
そうして理解が及ばなかった部分の穴埋めを、成績優秀(誇張と自称を含む)な店主を頼ることに決めるキャロル。また、自分はパーフェクトの成績で試験をパスしたと自慢されるかも知れないが。しかし、彼の知識と経験は紛れもなく、鑑定士としての自信の拠り所でもある以上……自慢話も含めて、ご講義に耳を傾けるのも助手の勤めと、キャロルはとうに割り切っていた。
「キャロルさん、キャロルさん。ちょっと……いいかしら?」
「えっ?」
とりあえず昼食は摂ろうと、簡素なサンドウィッチを広げようとした瞬間に、彼女に話しかける者がいるので、そちらを見上げれば。そこには……かのヴィオレッタ嬢のお友達のうち2人が、どこか困った表情で立っていた。
「あの……いかがしましたか?」
「えぇ、実は……」
「キャロルさんに、先程の講義の内容について教えて欲しくて……」
「私に、ですか?」
それは先生に聞いた方がいいと思います……と言いかけてみるものの、妙な具合でお友達がいないと憐れまれた手前、ここはお相手をした方がいいかと思い直す。そうして食事しながらでも良ければ、というキャロルが提示した条件をアッサリ飲み込むと、彼女達は先ほどの講座内容を一生懸命書き写したらしいノートを持ち寄っては、それぞれ分からない部分について、キャロルに意見を求めてきた。
「どうして、宝石鑑定士になるのに、地理の勉強が必要なのでしょうか? そもそも……宝石を鑑定するのに、こんなに細かい内容を覚える必要があって?」
「あぁ、確かに……最初が地質学だなんて、ちょっと退屈ですよね。でも宝石の鑑定と、地質の知識は切っても切れない関係にあるのです」
「あら、そうなの? 具体的には、どのような関係があるのかしら?」
「そうですね……例えば、ダイヤモンドは炭素のみで構成される宝石である一方で、エメラルドは確か……4種類の元素で構成されていたかと思います。このように宝石はそれを構成している元素によって性質が決まる以上、それを生み出す鉱脈があることが前提になるので、産地も限定されるんです。ですから、宝石の事を知るためには地質の知識は必須だと思いますよ」
「そ、そうなのですね。なるほど……地質によって作られる宝石が違うのですね」
「えぇ。最初から難しい内容が続くものですから、私もクラクラしていますけど……宝石鑑定士は、対象の宝石の産地を特定しなければならないことがあるんです。だから、立派な鑑定士さんになるには、地質学もきちんとお勉強しないと」
ですから、一緒に頑張りましょう? ……とキャロルが結局、昼食を食べるのも忘れてニッコリと微笑めば。どうも話しかけてきた2人は、ヴィオレッタの付き人の中でも熱心な受講生らしい。しっかりとキャロルに配慮を示しては、この続きはお食事と一緒にカフェテリアでいかがと……非常に健全的な提案をしてくるので、2つ返事で応じるキャロル。
彼女達を友達と呼んでいいのかは、分からないが。少なくとも級友であるのは間違いないのだろうし、一緒に目標を共有できる相手がいるのも通学の楽しみというものである。




