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アンダルサイトのから騒ぎ(6)

 今日は朝からあいにくの雪。舞い降りる冬の精に対抗しなければと、しっかりと厚手のジャケットの上にレインコートを羽織ってみるものの。バイクでの移動ともなれば、寒さも割増に感じられる。それでも、ラウールはキャロルが淹れてくれたコーヒーの余韻もあって、随分とご機嫌らしい。キャロルの方は昨日も少し、()()()()()()()かなと思っていたのだが……大抵のことはカフェインを補充してやれば問題ないと見えて、やっぱりラウールは()()()()()()()と考え込んでしまう。


「さて……と。今日は門までのお見送りにしておきましょうか。本当は俺も一緒に、様子を見に行きたいのですけど……仕事がありますしね」

「はい、大丈夫です。今朝も、ありがとうございます」

【ワンッ(キャロル、ガンバレよ)!】


 なんでも、ムッシュから面倒な仕事を請け負ったとかで、今日はそのまま調査に出かける予定なのだそうだ。そんなお仕事に出かけて行く店主と愛犬に手を振りながら見送った後、昨日と同じ講義室へ移動するが……余程に面白いことがあるのか、部屋の前に黒山の人だかりができていた。


(まぁ、多分私には関係のないことでしょうし……とにかく、部屋に入ろう……)

「あら? これはこれは……キャロルではありませんの?」

「へっ?」


 しかし、素通りして部屋に入ろうとしたキャロルを呼び捨てにしつつ、その歩みを阻止する者がある。呼ばれたからには無視するわけにもいかないかと、仕方なしに声の主(ヴィオレッタ)に向き直るが。彼女の自信が溢れ過ぎてて、はち切れんばかりの表情に……非常に嫌な予感がする。


「おはようございます、ヴィオレッタ様。……そろそろ、お時間ですよ?」

「全く……あなたは真面目すぎて、本当に()()()()()()方なのね。そんなんだから、お友達の1人や2人もできないのではなくて?」

「えっ? いや……」


 お友達、かぁ。言われてみれば、確かに……キャロルにお友達、と呼べるような気安い相手はいないかも知れない。強いて言えば、ジョゼットという文通友達はいるものの。きっと、彼女はヴィオレッタの言う()()()には該当しないだろう。


「まぁ、いいわ。折角だし、あなたにもお友達を紹介してあげようと思って、待っていたの。ふふふ。さ、あの子にも挨拶して差し上げてくださいませんこと?」


 回りくどいお嬢様言葉を並べ立て、彼女が示す先には……身なりもそれなりに整った()()()()()()()男性が立っている。そうして律儀にかしこまりましたと、彼の方から名乗るものの……キャロルにしてみれば、男性の友達ほど紹介されるのに()()()()()はいない。


「は、初めまして……。ジョーイさんと仰るのですね。えっと……あなたも、こちらの受講者なのですか?」

「いいや? 僕はヴィオレッタ嬢の話を聞いて、様子を見にきただけさ」

「は、はぁ……」


 そんなやり取りをしていたところで予鈴が鳴り始めたので、失礼しますとその場を後にしようとするキャロル。しかし、ジョーイの方はキャロルと余程、お喋りがしたいらしい。何を勘違いしたのかは知らないが、キャロルの腕に自分の腕をスルリと滑り込ませると、ピッタリとくっついてくる。


「え? えぇっ? ちょ、ちょっと、離してください!」

「いいじゃないの、たまには授業をサボっても。どう? 良ければ、ヴランヴェルト観光に付き合ってくれないかな?」

「お断りします!」

「おや……本当に、連れないのだから。聞けば、ヴランティオには美術館にカフェにと、ロンバルディアに負けないくらいに素敵な場所がいっぱいあるんだって。だから……」

「でしたら、他の方を誘ってください……。私は今日もしっかり講義を受けるつもりです」


 そもそも、たまにはサボるも何も……まだ開講2日目だ。いくら何でも、()()()()にしても早すぎる。そうして、何もかもがいい加減な彼に辟易しながら、腕を強引に振り解こうとするが、ジョーイは諦めも悪いらしい。尚もキャロルを離すまいと、慣れた様子で口説き始める。


「もぅ……君は真面目すぎると思うよ? どうだろう? 僕と一緒に、少しは息抜きでも……」

「いらないお気遣いは、結構です! 構わないでください!」

「どうしても、ダメだと言うのかい? こうなったら……」


 強引に攫ってしまおうかな……なんて、どこぞの誰かさんを思い起こすようなセリフを口にするジョーイ。

 しかし、彼は知らない。キャロルは見た目こそお淑やかだが、ウサギはウサギでも……穏やかで温厚なロップイヤーではなく、好奇心旺盛ではあるが非常に神経質なベルジアンヘアだということを。

 そうして、我慢ならぬとばかりに彼女を抱き上げようとするジョーイの腕を逆に引っ張り、足払いをしてはいとも簡単にその場に沈めてみせる。ご機嫌ようと……わざとらしく捨て台詞を吐きながら、スタスタとその場を後にすれば。ほんの少しやり過ぎたと後悔する反面……これで()()()も減るだろうかと、妙に清々しい気分になるキャロルだった。

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