アンダルサイトのから騒ぎ(5)
「こいつは初日から、随分と飛ばしてますね……。まぁ、講師があのブルトン先生なら、当たり前と言えば、当たり前かなぁ」
「当たり前……なのですか?」
無事に店に帰ってきたはいいが、午後の内容もレベルが高すぎて……あまりよく理解できなかったと、思わずため息をつくキャロル。そんな彼女が広げるノートを見つめながら、先生も意地悪なのだからと……一方のラウールは肩を竦めていた。
彼の弁によると、初日を担当したブルトン先生は高名な地質学者であり、ロンバルディア王立大学の名誉教授らしい。そして、そんな著名な教授がわざわざ私営のカレッジスクールで教鞭を奮っているのは……単に、あのムッシュの旧知の仲だからという理由なのだそうだ。
「この辺りの采配は白髭の、と言うよりは……多分、副学園長のミュレット先生の手腕によるものだと思いますけどね。おそらく彼女は、最初から最上級にして最大限に堅物の教授を布陣することで、ある程度、受講生を篩にかけるつもりなのでしょう」
「篩にかける? でも、そんな事をしたら……」
「受講者が減る……というのは、大間違い。誰でも簡単に取得できる資格なら、有り難みも目減りすることになります。それでなくてもヴランヴェルトだけではなく、宝石鑑定士の専門学校は探せばいくらでもあるのだし……受講料はヴランヴェルトより高いスクールを探す方が難しいだろうね。それなのに、飛び抜けて高い受講料を設定しているヴランヴェルトにあれだけの受講者が集まるのは、偏に、ヴランヴェルト出身の宝石鑑定士が有難がられる傾向があるからだと思うよ」
宝石鑑定士資格を取得するだけなら、上手いやり方を通せば認定証を発行してくれる教育機関もあるかもしれない。しかし、その資格を使って仕事をし、報酬を得るとなれば話は別だ。
顧客側からすれば料金を払うのだから、しっかりと信頼性も保証されている結果を求めるのは当然だろうが、一方で、大抵の場合は初対面であるはずの鑑定士の人と成りを判断する材料はあまりない。そんな手がかりが少ない中で、鑑別書の発行責任者の出身校というのは、唯一にして最重要とも言える信頼度の判断材料になり得る。
「……尚、このヴランヴェルトのアカデミア承認印を持つことを許されるのは、ヴランヴェルトで鑑定士資格を取得した中でも、ダイヤモンドのグレーティング資格を持つ鑑定士だけです」
「そ、そうだったのですか⁉︎」
「ダイヤモンドは特別だからね。他の宝石とは違い、鑑定書も鑑別書も両方発行できる鉱石なのです。だから、資格も特別枠が用意されている、と」
【そうイえば、そのカンテイショとカンベツショって……ナニがチガうんだ?】
「おや、ジェームズも興味がありますか?」
【ウム。ジェームズだけ、ハナシについていけないの、クヤしい】
「あぁ、なるほど。でしたら、その違いについても一応、説明しましょうか。まずは鑑定書の方ですが……」
宝石の世界における鑑定書はダイヤモンドにしか発行されない書類で、対象のダイヤモンドの品質を保証するためのものである。一方で、鑑別書はダイヤモンド以外の宝石にも発行することができるが、有り体に言えば宝石の身分証明書でしかなく……対象の宝石がどんな鉱物で、どんな特徴があるのかを示した書類である。
ダイヤモンドが対象だった場合は、鑑定書と鑑別書のどちらも発行できるが、他の宝石だった場合は4C(カラー・カラット・カット・クラリティ)での共通基準がないため、品質保証書までは発行できない。
「と、いうことで……本来は、鑑別書に記載するのは署名だけで良かったりするのだけど。俺もそれなりのプライドがありますからね。なにせ……継父は宝石鑑定士試験もギリギリで通過した、劣等生だったのです。継父とは違い、俺は試験もパーフェクトで通過していますから。ついでにダイヤモンドの鑑定資格も取得すれば、差は歴然というものでしょう。格の違いを示す意味でも……ククク。俺はアカデミアの承認印を鑑別書にも押印しています。その方がクライアントも安心しますしね」
「ラウールさんって……やっぱり、面倒臭いですよね……。そんなことで、お父様と張り合うなんて……」
「えっ? そこは、凄〜い……って、褒めてくれるところなのでは?」
【……ダレかをオとしてジブンをモちアげるのは、カッコウワルい。ラウール、ものスゴくカッコウワルい】
「な、何もそこまで言わなくても……」
連れないことを言い始めた助手と愛犬の表情を見るに、店主の格好悪い認定は共通認識らしい。そうして、いつも通りに彼を置き去りにしたまま……夕方の散歩に行こうと、いそいそと連れ立って出かけていくキャロルとジェームズ。
(これはまた……もしかして、嫌われましたか……?)
力なく行ってらっしゃいと……彼女達を見送ったところで、残るのは焦燥感と後悔ばかり。器用にあらゆる宝石の識別はできても、ラウールには人の心の機微を判別するのは、まだまだ難しい。




