アンダルサイトのから騒ぎ(4)
(初日なのに、内容が難しかった気がする……)
特定期間中に所定時間分の講義を受けなければならないため、最初から張り切ってみたものの……あまりのレベルの高さに、キャロルは思わずクラクラしていた。私営(と呼べるのかも怪しいが)専門学校の割には、ヴランヴェルトの講義内容はハイクラスだと聞き及んでいたが。ここまで初心者を置き去りにする勢いで講義が進むのは、想定外だ。まぁ、講義のサイクル構成を考えれば……それ以上の範囲は自助努力でなんとかしなさい、ということなのだろう。
(ラウールさんから教えてもらわなかったら、付いて行けなかったかも……)
数ある専門学校の中でヴランヴェルトを選ぶからには、ある程度の知識があることは前提条件。しかし、その認識を受講者側が持っているかどうかは、全くの別問題である。そうして自分の状況が果たして普通なのだろうかと、辺りを見渡せば……視界の端で早速、頭を抱えているヴィオレッタ嬢の姿が目に入った。
「あの……ヴィオレッタ様、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫ですわよ。少なくとも、あなたに心配していただく必要はありませんわ」
「そ、そうですか……」
「とにかく! 気安く声をかけないでくださる? 私、午後はお茶会の予定ですの。ですので、この辺で失礼いたしますわ。……ご機嫌よう」
「え? で、でも……午後の講義は受けなくて、いいのですか?」
別に構いません……と素っ気ない返事を寄越しながら、どこか焦った様子でそそくさとその場を後にするヴィオレッタ。そんな彼女に続けと他のお友達も一緒に退室していくが……あまりにサッパリした反応に、彼女達には鑑定士になる気は果たしてあるのだろうかと、訝しんでしまう。そうして取り巻きの一団に囲まれながらも、すっかり萎んだ背中を見つめながら……お節介にも程がある心配をし始めるキャロル。
確かに、講義自体は3日セットで同じ内容を来週までは繰り返す予定になっているので、もう一度同じセットの講義を受ければ穴は出ないし、理解に不足があれば同じ内容を受け直すこともできる。しかしそれを前提としていても、可能であれば一続きの講義は一緒に受けてしまった方がいいだろう。予定があるのであれば、仕方ないが……先ほどの様子を見ている限り、ヴィオレッタが講義内容に付いてこられていないのは明らかだ。だとすれば、途中退場はあまりに勿体ない気がする。
(いずれにしても……私は午後の授業も頑張らなきゃ。それで……)
分からない部分はラウールに聞いてみよう。律儀にお迎えに来てくれる先輩の面影を思い出しながら、兎にも角にも、自分はしっかりと勉強せねばと意気込む。ラウールも口にこそ出さないが……周囲の受講者の身なりを見ていても、ヴランヴェルトの講座の受講料は決して安いものではないはずだ。折角の機会を無駄にしないのも、受講生の心構えというものだろうと考えるキャロルだった。
***
悔しい、悔しすぎる! こんなにも屈辱的なことがあって?
張り切って参加してみた講座内容に付いて行けないのも、大概だが。何より、ライバルに心配された挙句に、その左薬指に特別な輝きがあったのが非常に気に食わない。
(あぁ……どうして、ラウール様は私ではなく、あんな痩せっぽちの見窄らしい女を選ぶのかしら? しかも……)
聞けば、彼女は貴族でもなんでもなく……ただの町娘だったらしい。そんな事を父親がモーリスから聞き出してからというもの。ヴィオレッタの嫉妬心と執着心は、ある種の妄想を作り出していた。それでなくても、父親から貴族至上主義の思想を叩き込まれたヴィオレッタにしてみれば、王族に連なる(と誤解されている)ラウールが一般市民を相手に選ぶなど、言語道断。だからこそ、自分が目を覚ましてあげようとしているのに……。しかし、その妄想は偏に、ありがた迷惑で歪んだ独りよがりの愛執でしかない。
「こうなったら……徹底的に邪魔して差し上げますわ! 皆さん、よろしくて? これから作戦会議を始めます。ラウール様の目を覚ます為にも……あんな女との仲は引き裂いてやりませんと」
「ですけど、ヴィオレッタ様。具体的にはどのようになさるのですか?」
「ウフフ……そのお話は、お茶の席で致しますわ」
本当は手に職をつけるためにも、折角の機会を無駄にしたくないと言うのが取り巻き達の総意でもあるのだが。その受講料がブキャナン家から出ている以上、既に初日でそちら方面は挫折したらしいヴィオレッタの決定は最優先事項。そうして仕方なしに……互いに肩を竦めて、何かを勘違いしているらしいお嬢様に従う、中身はブキャナン家の使用人でもある少女達だったが……。既に前途多難だと危機感を持てないのは、どうもヴィオレッタご自身だけらしい。




