アンダルサイトのから騒ぎ(3)
ムッシュからお仕事を頂いて、とりあえずは帰ろうかとバイクでひた走る、主人と愛犬とでの帰り道。長閑な草原地帯が続くヴランヴェルトは、かつての戦闘区域だったとは思えない程に穏やかな表情を見せていた。
【それにしても、ラウール。サイキンはチチウエのコトを、あまりジャケンにしなくなったな?】
「そうですか?」
【ウム。スコしマエまでは、“ジサマ”なんてヨびカタも、していなかっただろうに】
言われれば確かにそうだが……それについて「どうして」と言われても、明確な基準も深い意味もない。強いて言えば、この間の船旅が尾を引きずっているのかも知れないと、思うくらいだが。
「まぁ……あんな風に懐かれて話を聞いてもらえれば、俺も多少は歩み寄るくらいはできると言うものです。何がそんなに良くて、俺を孫扱いしたがるのかは分かりませんけど。……最近はそのしつこさに慣れてしまいましたね」
【フゥン……。まぁ、それはあまりフカオいしなくてもいいか。それよりも、さっきのハナシ、ホントウか? キャロルもムこうガワにサンカさせるって……】
「えぇ、本当ですよ。彼女とは、ちょっとした約束もしましたしね。満月の夜に一緒に出かけるなら、それなりの装備が必要でしょう。例のアディショナルは爺様の裏家業側から提供されているものです。だから思い切ってご相談してみたのですが、そんなに心配しなくて大丈夫ですよ。ソーニャの仮面を着けて、あれだけ暴れられるのですから、彼女も適性はあると見ていいでしょう」
【……】
忌まわしい響きに思わず押し黙るジェームズだったが、ムッシュ経由の装具であればそれほど苛烈な負担を強いる事もないかと、思い直す。
彼らが向こう側のお仕事で使っているのは、効果も悪影響も軽微な改良版である。キャロルも既にドップリとカケラとしての本性を発揮している以上……活躍の補助をする意味でも、特別仕様の装備を用意してやる方が都合がいいと、ラウールは判断したのだろう。
「そう言えば、俺の方もジェームズに質問があるのですけど、いいですか?」
【ナンだ、アラタまって。ナニか、キになるコトがあるのか?】
「えぇ。あなたの記憶の残り方について、気になる部分がありまして。確か、ジェームズには生前の記憶は殆ど残っていないと聞いていたのですけど……その割には、この間は他のご兄弟の話なんかもしてくれましたし。だから、少しばかり不思議に思っていたのです」
残された脳も一部なら、残された記憶も一部だったはずなのに。ラウール達と暮らすようになってから、ジェームズの記憶は鮮明という以上に、不自然なくらいに委細な部分まで息を吹き返していた。それこそ、自分の兄弟の名前や現国王がどんな風に過ごしてきたかなんて……覚えていない方が自然だろうに。
【……それはジェームズにも、ワからない。ただ、タブンだが……このカラダに、ジェームズジシンがナジんできたのだとオモう。マエよりおシャベりもウマくなったし】
あぁ、なるほど。初めは片言だった言葉も、今のそれは確かに滑らかだ。相変わらず、自分の事を「ジェームズ」と呼ぶ子供のような部分も見受けられるが。それはあくまで、犬だから……と都合よく割り切ってしまえば、それほど気にもならない。
「さて……と。そろそろ、大通りに差し掛かります。お喋りはこのくらいにして……どうします? 昼食はカフェで摂ります? それとも買って帰りますか?」
【ゴーフル! ゴーフル、タベル!】
「……えっと。それは、カフェで食べたいというお答えで合ってます?」
あれ程までに金欠だと嘆いていた割には、カフェ代はしっかり確保しているラウールの提案に、大好物の幻惑が先行してやや斜め上の返事を寄越すジェームズ 。彼の体の仕組みはそれこそ、分からず終いだが。今はこうして大好物に目を輝かせる愛犬のリクエストを叶える方が先だと、ラウールは些細な事は受け流して考え直すのだった。




