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アンダルサイトのから騒ぎ(2)

「ラウちゃんにキャロルちゃんじゃないの〜! あ、そっか。キャロルちゃんの方は今日から、うちの受講生じゃったっけ?」

「新年、おめでとうございます、ブランネル様。お陰様で、こうしてお勉強の機会に恵まれました。これから半年間、お世話になります」

「うむ、うむ! もっちろん、オッケーじゃよ。なんじゃったら……寄宿館に部屋も用意しちゃう? ムフフ! キャロルちゃんと一緒にお夕食を囲めるなんて、余は超楽しみじゃ!」


 ヴィオレッタ嬢の一団を半ば無視して、2人と1匹で歩みを進めようとしたのも、束の間。廊下の向こうから、選りに選って七光の光源……もとい、ムッシュが嬉しそうにやってくる。そうして、既にキャロルをも半ば()()()()扱いしながら、大声でそんな事を言い出すのだから……ラウールもキャロルも、そしてジェームズも非常に居心地が悪い。


「あぁ、爺様。キャロルは俺が毎日欠かさず送り迎えをしますから。その心配はご無用です」

「そうなの? う〜む……残念じゃのぅ。ま、その辺はラウちゃんも別枠で捕まえれば良いかの。現に……今から、ちょっと伝令をしようと思って出てきたのじゃし。ちょうど良かったかの?」

「伝令? ……もしかして、俺にですか?」


 そうなのじゃ……と、今度はいかにも困った表情をムッシュが見せるので、ここは大人しく()()()()()方が面倒がないかと考えるラウール。この様子だと、おそらく()()()()()のお仕事の話なのだろう。だとすれば……非常に高額な受講料の穴埋めもしなければいけないし、お仕事の斡旋をいただいた方が有意義な気がする。


「……キャロル。どうやら、爺様は俺に()()があるようです。悪いんだけど……」

「えぇ、大丈夫です。ここまでご案内いただいたら、後は自分で何とかできますし……あ、でも……」

「もちろん、分かっています。きちんと16時にはお迎えに来るから。しっかりと頑張るんだよ」

「はい!」


 そうしてジェームズを従えて、ムッシュの後に続く同伴者の背中を見送ると。キャロルは注目度までを置き去りにされてヒリヒリするような視線を振り解こうとばかりに、いそいそと示された講義室に入っていく。確か、最初の1ヶ月は宝石の基礎知識と各種性質、そしてそれに絡めた地質学や産地の講座だったかと思う。自分の受講者番号に示された通りの席に着いて、もう一度カリキュラムを再確認するものの……意外とみっちり詰まった内容に、鑑定士の資格は興味本位で取得できるものではないのだと、改めて考えてしまうのだった。


***

「アンダルサイト……ですか。で? それがどこかの誰かさんに盗まれてしまったので、探し出して欲しいと依頼があったと」

「うむ、そうなんじゃ。ジェニバー美術館所蔵のマリア像に嵌っていた宝石らしいんじゃが。気付いた時には、無くなっていたとかで……鮮やかな手口から、例の怪盗紳士の仕業ではないか、なんて言われちゃっているんじゃが」


 その可能性が絶対にないであろうことは、ラウールもムッシュもよく分かっている。何せ、例の大泥棒は予告状を必ず出しては、警察相手に()()()()を出さずにはいられない、良くも悪くも非常に遊び好きなヤツなのだ。そんな悪戯猫(グリード)がこっそりと宝石を盗むなどという、退()()()()()はしないだろう。


「今回は()()が出なかっただけ、マシですか? それはそうと……アンダルサイトであれば、マリア像に嵌めておくのにも、とてもお誂え向きな気がしますね」

「およ? そうなの?」

「えぇ。アンダルサイトは別名・紅柱石とも呼ばれる鉱石ですが、宝石として磨かれたものは非常に幅広い多色性を示します。一方で、中でも空晶石と呼ばれるキアストライトは、特徴的な断面を持つのが特徴でして。……よく十字架に喩えられては、クロスストーンなんて呼ばれますね」


 あまり宗教には興味のないラウールではあるが、その程度の絡みに理解を示す事くらいはできる。マリア像にお誂え向きな紅柱石は産地も幅広く、鉱石としてはそこまで珍しい部類ではないが。しかし一方で、宝石としての価値を認められたルースはそれなりのレアストーン……非常に希少な宝石として有り難がられる傾向がある。

 そんな()()()()()()()()()()()レアストーンは大抵、何かしらの魔力なり、魅力なりを持つ物も多く……恭しく保管や展示されている事がよくあるのだ。おそらく、ムッシュの方もアンダルサイトの概要を知らないとは言え、例の()()()()()()()も鑑みて、ラウールに()()を付けるよう依頼をしてきたのだろう。だとすれば……。


「いいですよ。店を開けているより、そちらの方が()()も良さそうですし。それでなくても……キャロルの受講料を支払って、新年早々すっからかんなのです。きちんと()()の食い扶持くらいは稼がないといけませんしね」

【ラウール、やっぱりおカネない。ジェームズ、サーカスにでもミウリしてこようか?】

「……大丈夫ですよ、ジェームズ。清貧は継父共々、自分で選んだ境遇です。贅沢をしたいわけではありませんし、しがらみに囲われるくらいなら、その方が気楽と言うものです」

「あぁ〜、そうなの? そうなの? キャロルちゃんの受講料くらい、余が免除してあげようと思ったのに……もぅ、ラウちゃんは本当に、素直じゃないの。まぁ……でも、そのくらいの方がいいのかも知れんの。余も()()()()()()()、お付き合いを強要されるよりは、気ままにお喋りしている方がいいし。そういう事なら、依頼料の方は奮発しちゃおうかの」


 結局、別の方向でご厚意に甘えることになりそうだと思い倦ねながら、ここは素直にお気持ちを受け取った方がいいかと考えるラウール。自分1人の問題であれば、それさえも煩わしいと払い退けていただろうが。この場合は自分のプライドよりも、重要視するべきものがある以上……強がらない方がいいという事も、しっかり学習済みなのである。

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