アンダルサイトのから騒ぎ(1)
一行がバイクを唸らせやって来たのは、古城・ヴランヴェルトをリフォームした宝石鑑定士のカレッジスクール。新年の真新しい気分もそこそこに、キャロルにとって初挑戦の舞台ともなれば……いつかにお邪魔した気軽さは、なきに等しい。それでも助手としての存在意義を獲得しようと、店主の元で試行錯誤(勉学以外の部分でも)してきたのだから、その成果を発揮しなければ。
そんな意気込みも新たに、ラウールが運転するバイクのサイドカーから降り立つと……新調してもらった、ローズ色のダレスバッグを提げて。頼もうとばかりに、キャロルは古城の立派な門を見上げていた。
「初日ですから、俺も中までお供しますよ。一応、白髭にも挨拶をしておかないといけませんし」
「すみません……こんなに朝早くにお見送りしてもらった上に、ご案内までお願いして……」
「うん? そんな事を遠慮する必要はないよ。なんたって……ククク。俺の可愛いウサギちゃんの大一番なのですから。恙無く試験を受けられるように、配慮するのも婚約者の責務というものでしょう」
【クゥン……(それはチガウとオモうぞ、ラウール……)】
向こう側の悪戯心を覗かせながら、嬉しそうにややぎこちない笑顔を見せるラウール。それでも、まぁ……いつぞやのデビルスマイルよりは遥かにマシだろうし、ここはそんな事を指摘する必要もないかと、慣れたように廊下を進む同伴者の後に続く。しかし、見慣れているはずの彼の背中が何かを認めて、ピタリと歩みを止めるものだから……その急停止にラウールの背中に追突しては、咄嗟に彼に謝るキャロル。けれども、彼の急停止の理由もすぐさま理解させられては……先ほどまでの気概が少しだけ、縮んでいく。
「まぁぁぁ! 奇遇ですわね、ラウール様!」
「……これ程までに、有難くない奇遇はないですね。天下のロンバルディア警視のご息女が、こんな所で何をしているのです」
選りに選って、どうしてこんな所にヴィオレッタ嬢がいるのだろう? 今日も今日とて、大勢の取り巻きを従えているのは……父親譲りのご趣味なのかも知れない。そんな事をあれやこれやと考えていると……彼女の手にも自分が持っているのと同じ、カリキュラムのシラバスがあるのにも気付くキャロル。まさか彼女も自分と同じ、カリキュラム受講生なのだろうか?
「えっと……お久しぶりです、ヴィオレッタ様。もしかして……」
「えぇ! 私も宝石鑑定士を目指すことに致しましたの! 聞けば、ラウール様はこのアカデミア出身の優秀な鑑定士様だとか! それで……ウフフ。鑑別書は同じお店で2枚発行できた方が都合が良いと聞きましたもので。ですから、私も資格を取得して、それで……」
「……就職先のご相談は、キャリアセンターで受け付けているみたいですよ。ウチの店には既に優秀な候補生がおりますから、従業員の新規採用は考えておりません」
「はっ? ちょ、ちょっと待ってください! 何をおっしゃいますの? 私はあなたのために……」
あぁ、そういう事ですか。どこから漏れたのかは知らないが、確かに現状のアレクサンドリート宝飾店は単独で2枚の鑑別書を発行できない。きっと、そんな彼の店の些細な弱点をどこかの誰かが、ご親切にもブキャナン親娘に吹き込んだのだろう。その結果……この目の前の闖入者の群れ、という訳である。
「さ、キャロル。まずは爺様に挨拶を済ませてしまいましょ」
「は、はい……。ヴィオレッタ様、ご機嫌よう……」
「なっ! ちょっと待ちなさいよ! 折角、人が手助けしてあげようと申しておりますのに!」
「何度も申しておりますが、あなたに付き纏われるのは非常に迷惑です。俺にはこの通り、婚約者兼・助手がおります。彼女にはかなりの手解きもしておりますし……あなたにはともかく、キャロルであれば試験は余裕でパスできそうですかね?」
「なんですって……⁉︎」
相変わらず見た目だけは完璧なラウールの無遠慮な宣言に、肝を冷やすと同時に……非常に気恥ずかしい気分にさせられるキャロル。こんなにも大勢の前で強気な宣言をされてしまったら、何がなんでも合格(と同時に結婚)せねばならないではないか。
(もぅ……! ラウールさんは相変わらず、空気を読めないんですから……!)
どこか逃げるように、背後で金切り声を上げているヴィオレッタ嬢を無視しつつ。自分を慰めるようにジェームズが身を寄せてくれるのを撫でながら……宝石鑑定士になるための勉強の前に、気苦労が山積みだと額に手をやるキャロルだった。




