クリスマスキャロルはエグマリヌの船上にて(29)
(ヴェーラ先生、この方……一体、何者なんですか?)
「いつかに、ウィルソンが言っていたんだけど……とある研究機関でカケラに別の核石を埋め込む事で、完成品を目指す手法が確立されそうだ、って聞いた事があってね。多分、こいつはその完成品なんでしょうよ」
そう、あれは確か……エリクシールの引き上げの際に、一緒に沈んでいたミニチュアについて、ウィルソンが嘆いていた時の話だった気がする。発見者の話では、来訪者のミニチュアは複数の核石を後付けで乗せられた、捨て石の成れの果てだったという。そして……その際に、ウィルソンが非常に重要な事を漏らしていたのを、ヴェーラは忘れていなかった。
「……ジャックさん、だっけ? 1つ確認だけど……あなた達、所謂ハーフスプリットかしら?」
「お、美人の姉ちゃんは俺達が何なのか、アタリが付けられるのかい。その通りだよ。俺らは2人合わせて100%……キッチリ50%同士で覚醒した、仲良しの変わり種なのさ」
やっぱり……ね。ヴェーラがちょっとした予備知識を披露してみれば、手元の物騒な武器の悪趣味さとは裏腹に、こちら側のご本人様は非常に陽気な性格らしい。ヴェーラが関連知識を持っていると知って、さも嬉しそうにお喋りをしてくれる。
「宝石の完成品」を生み出そうとする場合は、心臓となる核石もそれなりのクオリティのものを用意しなければならない。大きさももちろん必要だが、カケラの性能を高めるには核石の堅牢性が最も重要な要素となる。そして当然ながら、用意された核石の硬度が高い程、優れた性能を持つカケラを生み出せる一方で……それらは加工が非常に難しく、綺麗に半分になる事は殆どない。そのため、大抵の場合は片方が大幅な性質量を引き継いでしまい、残された飾り石は捨て石としての末路を辿るのが、常である。
だが、その捨て石を集めて1人に集中させる事で、完成品を目指す研究も秘密裏に行われていると……ウィルソンが悲しそうにヴェーラに話してくれたのは、例の来訪者のミニチュア・ルトの解剖結果が判明した時だった。
(それでも前を向かなければならないと……私はあの時、仕方なしに御神体の角からお薬を作ったのよねぇ。本当に……私達は何で、こんな思いをしなければならないのかしらね……)
カケラは性質量が多ければ多い程、核石の侵食への抵抗力と耐性も求められる。その一助になればと、研究機関(ウィルソン経由)に請われてキレート剤の原理を応用した鎮静剤を調合してみたものの。それはカケラ由来成分を常々拒絶しているヴェーラにしてみれば、禁忌に触れる不快な経験でしかなかった。
「まぁ、それはともかく……貴重なお話、ありがと。ユアン様とは反りが合わないと思ったけど、意外とあんたとは気が合いそうだわ」
「おっ、本当かい? いや〜、嬉しいな。何せ、俺は普段からダンマリを強要されているからさ……。こんな風に別嬪さんとお喋りできるのは、やっぱいいもんだな〜」
「そ? それじゃ、お役目なんか忘れて、そろそろ……ボトルを空けに行っちゃう?」
さっきまで互いの武器をぶつけて、睨み合っていたというのに。このままでは埒が明かないと、痺れを切らしたヴェーラが艶っぽい声色でジャックを誘惑にかかる。ボトルを空ける……その字面を額面通りに受け取れば、ちょっとしたキャバレーの接待そのものだが。しかし、ヴェーラはキャバレー嬢でもなければ、ホステスでもない。なので、彼女が盛るのは酒ではなく……。
「おぉ⁉︎ そいつはいいな! 俺も綺麗なお姉さんを侍らせながら、酒でも飲みたいと思ってたんだよ。本当、姉ちゃんとは気が合いそうだな!」
「ふふ、それは何よりだわ。でも、私があなたにお酌するのは……生憎と、酒じゃないんだけどねッ‼︎」
「……⁉︎」
そうして、媚び諂う事を何よりも嫌うヴェーラが取り出したのは、酒ではなく……自身が「護身用」と称する、あの物騒極まりない劇薬。ダイヤモンドは薬品への耐性も並外れており、劇薬にさえもびくともしないと言われるが。この場合は相手を溶かすまでは行かずとも、ちょっとした目眩しができればいい。そうして、咄嗟の奇襲に反応する事もできずに、ジャックが目を瞑った瞬間を……ヴェーラもキャロルも、見逃さなかった。
(行きますよ、ヴェーラ先生!)
「よっし! 思う存分、やっちゃいなさい、キャロルちゃん!」
キャロル渾身の一撃に身を任せ。ヴェーラが思い切り、魔剣を振り抜けば……その場に滾るは、強烈な灼熱と全てを吹き飛ばす暴風のコンビネーション。そんな奇想天外な強襲に洗い流されて、ジャックはユアンごと、いつの間にか溶けている窓の外へ放り出されていた。
「……えぇぇぇぇ! 俺、まだ暴れ足りないんですけど〜ッ…………………………!」
お別れの断末魔にしては、随分と滑稽な。こんな嵐の中、海に投げ出されるのがどれ程までに絶望的な状況か、彼は分かっているのだろうか?
「ちょっと、やりすぎちゃったかな……。ユアンさん……あ、ジャックさんでしたっけ? 大丈夫かな……」
「大丈夫でしょ。あの様子だと……かなり漂流はするだろうけど、死にゃしないわ。とにかく行きましょ、キャロルちゃん。それにしても……ふふふ。私達もいいコンビになれそうね。どう? ラウール君のじゃなくて、私の相棒になる気はないかい?」
「それも楽しそうですけど……すみません。私はラウールさんと同じ、鑑定士になりたいんです。それで……」
「あぁ。冗談よ、冗談。全く……あれのどこが、そんなにいいのかしらねぇ……」
これ以上の勧誘は迷惑らしいと判断すると、サッサと話題を切り上げて目的地へ急ぐヴェーラ。とは言え……これで終わりではないだろうと、内心ではキリキリと不穏な予想を募らせていた。




