クリスマスキャロルはエグマリヌの船上にて(25)
【モーリス……やっぱり、おマエはヤスんでいた方が……】
「僕だけこんな状況で寝ているなんて、できないよ……。それに、ヴェーラ 先生の薬お陰で、だいぶ楽になったし……」
青ざめた顔で吐き出された言葉を丸ごと信じる馬鹿は、誰1人としていないだろう。ソーニャが心配だと、体調不良を誤魔化してまで起き上がった心意気は、見事だと褒めてやりたいが。しかし……正直なところ、お節介を発動したヴェーラに付き添いを命じられたジェームズとしてみれば、今のモーリスは完全なる足手纏いである。
「……それにしても、ノアルローゼにも困ったものだね……。どうして、そんなに相手を作ってまで戦いたがるんだろう?」
【シカタないと、ワりキっていいナイヨウじゃないが。ノアルローゼのリユウをダイベンするなら……センソウはモウかるからダロウな。……ジェームズもバカげているとはオモうが。センソウがなくならないホントウのイいワケは、そんなトコロだろう】
国が戦争をする理由。それにはもちろん、領地拡充や宗教絡み等の拠ん所なき大義名分が真っ先に上がるのも常だが。しかし一方で、「戦争という緊急事態」で儲かる産業があるのもまた、実情ではある。事実、ロンバルディアの国防を担ってきたと自負するノアルローゼは、典型的な軍需産業頼みの商人としての側面も強い。
そして、利益を目論む一部の人間が引き起こした緊急事態の理念は、容易く伝染するから厄介だ。雰囲気作りと情勢操作とで国民にも理解と負担を押し付け、強引な増税や曲がった道徳観を成立させてしまえば。後は坂を転がるが如く。国家が凶暴化し、あっという間に内部から腐敗して。最後は自立できないまでに疲弊して、残された国民ごと、国家そのものが死んでいく。
【そうイえば、ムカシ……チチウエがセンソウについて、ちょっとしたワライバナシをしていたコトがあったな】
「笑い話?」
【センソウがオこったトキ、ジェームズのジイサマがとあるセンソウヒョウロンカをタヨったらしいのだが……そのシセイがまさに、グンジュサンギョウのそれとイッチするものだから。……サスガのチチウエも、ヤツらだけはスきになれないと、コボしていたな】
ジェームズの思い出語りによれば……最初はみすぼらしい雰囲気だった戦争評論家は、先先代の国王の依頼をこなせばこなすほど、身なりが格段に良くなっていったそうだ。その変身ぶりがあまりにお見事だったため、温厚でお人好しなはずのブランネルも眉を顰めては、嫌悪感を顕にしていたというのだから……彼の華麗なる転身ぶりは、それはそれは面白いものだったのだろう。
「……そんな事があったんだ。あぁ、なるほど。確かに、そいつは……かなり出来の悪い笑い話だね」
【ダロウ? どこまでもバカげているというイミで、ワラいトばすしかない】
そんな事を馬鹿げていると思える程に、お気楽に話していれば。お言葉には偽りもありませんとばかりに、モーリスの気分も大分上向くらしい。そうして、ソーニャが残ったという部屋に辿り着くと、モーリスが恭しくノックをする。しかし……大勢いたはずの部屋の中からは、返事どころか物音1つ、聞こえてこない。
【このニオい、まさか……!】
「ジェームズ、どうした?」
【グリードもツカっている、マスイジュウとオナじニオいのクスリだ。もしかしたら、セントウがあったのかもしれん!】
グリード……もとい、ラウールが愛用しているという麻酔銃用の麻酔は特定ルートでしか流通していない珍しい薬品である。そのディテールは医療用麻酔ではないが、一応、人体への悪影響はほぼほぼないらしい。しかし、一方で……急激な催眠を誘発するため、副作用にかなり手酷い悪夢をもたらす事が多いと報告がある、かなりの逸品だ。原理は解明こそされていないが、悪夢をもたらすなんて、怪盗にはぴったりだとグリードのお気に入りだった事は、悲しいかな。モーリスとジェームズもよく知るところだった。
【しかし……ラウールはこのヘヤにキていない。だけど、ソーニャはヤクメからしても、マスイジュウをツカうコトもなかったはずだ。だとすると……】
「それを使ったのは、別の誰か……という事だろうか? とにかく、中に入ってみよう」
【……モーリスはマスイ、ヘイキなのか?】
「うん、大丈夫。何せ……僕の体はラウールから、毒とアルコールへの耐性を取り上げているからね。と言っても……ラウールの方も、催眠薬やある程度の生物兵器への耐性は、後付けで埋め込まれているみたいだったけど」
【……】
免疫の獲得は相当の苦行だったのだろうなと理解しては、ジェームズはまた、あの後悔に苛まれる。
いつかイノセントに言われた「加害者側なのはお前だけ」という言葉が、犬の体であろうともその心に突き刺さったままなのは……自業自得でもあるのだが。ラウールも元は戦争用に開発されたカケラだったというのだから、ますます遣る瀬ない。
そんな風に、ジェームズが胸中で悶々と自身の在り方を考えている間にも、モーリスがドアノブに手をかけて早速、扉を開く。しかして、中に広がっていたのは……どこまでも穏やかで、どこをどう見ても非常事態としか思えない、無防備な仲間達の姿であった。




