クリスマスキャロルはエグマリヌの船上にて(24)
「父上は、このエグマリヌ号が贈られた真意を知らないとでも? 言っておきますが、父上はそこにいるギブスにまんまと嵌められたんですよ。ラディノ将軍の解放はあくまで、表向きのパフォーマンスの目眩しです。本当は……アウーガの特殊性を利用して、着々と色々準備をしていたんでしょう。そうでなきゃ、こんな物騒な戦艦をわざわざ持ち出してきたりしません」
若干、父親を見下したようにお手上げのポーズを取りながら、スラスラとギブス側の内情を語り出すアレン。あまりの深入り度合いに、流石のヴィクトワールとラウールも驚かざるを得ないが。しかし、アレンの話を鵜呑みにすれば……その準備とやらが、かなりの腐敗臭混じりの危険な計画であることがうっすら見えてくる。
「準備をしていた……ですか。すると……ラディノとスピリントを解放するだけじゃなくて、アウーガそのものを制圧した後は、軍事拠点として再利用するつもりだったのでしょうか」
「ふふ、ラウールさんはやっぱり、切れ者だよね。多分、僕もそうだと睨んでる。あの島は特定のパスコードがなければ城壁内に侵入できないし、占有電波での暗号まみれの応答に全て正解しなければ、上陸もできない。だけど、その反面……外部からの侵入者も少ないものだから、中で悪い事をしていても外部に漏れることもまずない」
そこまで話をした後で……ようやくアレンが父親を安心させるようにニッコリと微笑むと、先ほどの質問の答え合わせを披露し始める。クロツバメとアウーガ。刑務所があるという共通点以外は、関連性もないと思われる2つの地名だが。名義は違うとは言え……所有者が同じ家柄の人間であるとなれば、両拠点の関係性は噎せ返るほどに濃密だ。
「ヴィクトワール。クロツバメ鉱山とアウーガ島の今の最高責任者は、それぞれ誰だったっけ?」
「クロツバメ鉱山の管理責任者はジプサム・ノアルローゼ殿。そして……アウーガ島の管理者は先代の騎士団長、ラムタ・ノアルローゼ様のご息女であり、ギブス殿の奥方でもあるミネルバ・ノアルローゼ様に引き継がれていましたわね。あぁ、そうそう。そのミネルバ様ですけど。ご自身が政治に関わることはないみたいですが……よく、メアリアーヌ王女のお茶会にはお見えになっていて……フフフ。ギブス殿は鈍感な上に、聞き分けもいいから助かると、おっしゃっていましたわ」
「……なっ!」
何を隠そう、ギブスはミネルバの父でもあり、先代の騎士団長でもあったラムタに見出されて彼女に宛てがわれた婿養子だった。何食わぬ顔で普段は貴族として振る舞ってはいるが……素性をあまり大っぴらにできない手前、意外とノアルローゼの中では肩身の狭い思いをしている。だからこそ、今回の計画で立場を補強しようとも考えていたのだが。船にも計画にも乗り気ではなかったミネルバが非協力的でもあったので、彼女のお気に入りの駒を貸し出してもらえる以外は、全て1人で調達する羽目に陥っていた。それでも、その隠し球が強力な助っ人でもあるのもよく知っていたので、ギブスは自分だけは大船に乗ったつもりでもいたのだが。
「そこまで話せば、父上もクロツバメの所有者がここで問題になるのかが分かるでしょ? 要するに、ノアルローゼ家は家族ぐるみでシェルドゥラと結託して、ロンバルディアを転覆させようとしているんですよ」
「う、うむ……だとすると、ギブス。お前、もしかして……このマティウスを謀ったのかッ⁉︎」
「そんな、滅相もない! いくらなんでも、そこまでは……!」
「そこまでは? ギブス、それはつまり……その手間までは、間違っていないってことかな?」
「い、いいえ……。そもそも、アレン王子は色々と誤解されているようですね。ただ、私は……」
国王の剣幕はギブスとしても、ある意味で見慣れた光景だが。普段の空気とは別物の鋭い視線を寄越すアレンには、思わずたじろいでしまう。彼としては、国王一家は全員間抜けだと思っていた手前……ここにも不都合な想定外が転がっていることに、いよいよ泣きたくなってくる。
(……ユアンは何をしているんだ……? 日が変わる頃に操舵室で落ち合う手筈だったのに……!)
いくら待ち焦がれようとも、自分側の加勢はやってこない。そんな中で、何故か呼んでもいない余計な僕ちゃんが2人も乱入となれば……肩身の狭さだけではなく、心細さも格別であった。
***
こうなったら、強硬手段に出るしかないか。ユアンは膠着状態が続く、同類らしい彼女とのお喋りに付き合いつつ……番狂わせもいいところだと、ポケットの秘密道具を発動させる。それはとある組織でもよく活用されている、強力な催眠弾。少なくとも、相手が特定の耐性を持たない者であれば、即座に深い眠りへ誘う、潜入任務の切り札の1つだ。しかし……。
(あぁ、やっぱり。彼女には効果がないか……)
他の仲間達が強烈な眠気にパタパタと身を伏せていく中、依然、しっかりと自我を保つブランネル付きの淑女。しかし、突然の異常事態に流石の彼女も狼狽した様子を隠せない。
「ま、まさか……これは! ユアン様、あなたは一体……?」
「すみません、レディ・ソーニャ。僕にはどうしても……行かなければならない場所があるんです。あぁ、大丈夫ですよ。決して、悪い事をしに行くわけではありませんから」
「どういう事……ですの?」
いくら正直に話したところで、ソーニャはきっと信じてもくれないし、納得もしないだろう。しかし、このままでは……本当に約束の時間に遅れてしまう。そうして、仕方なしに切り札への耐性をしっかりと示す同類の首元に狙いを定めて、的確なチョップを叩き込むと……崩れ落ちる彼女の身を静かに横たえては、ようやく脱出できると走り出すユアン。そうして、漆黒の瞳に不安と希望とを宿らせて。約束の前段階をまずは叶えようと、目にも止まらぬ速さで目的地への逃げ道を駆け抜けた。




