クリスマスキャロルはエグマリヌの船上にて(23)
「さて、3つ目と申し上げたいところですが……あら? アレン王子にラウール様ではありませんか。どうしましたの、そんなに慌てて」
「この状況で慌てない方がおかしいでしょう。一応、加勢に来たつもりだったのですけど……あぁ、余計でしたかね?」
「そうだね。ここは僕の方からも、流石はロンバルディア最凶の騎士団長だと褒めておいた方がいいのかな……」
ラウールとアレンがようやく避難経路を抜け切って、やって来てみれば。その先に広がっていたのは、既に制圧済みの異様な光景。幸いにも、水代わりにプールを満たしていたのは、ご丁寧にも拘束済みのテロリスト達の方だったが……。きっと彼らにしてみれば、「こんなの聞いてないのですけど」と言ったところか。
そんな彼らの状況を探るのもそこそこに、先を急いで辿り着いた操舵室には、これまた異常な光景が広がっている。操舵に必要な手こそ動かせるものの、それぞれの椅子に括り付けられた船長と航海士達の無残な姿が目に飛び込んでくるのだから、いよいよ彼女の豪快さを見せつけられるようで、頭も痛い。きっとヴィクトワールは先ほどの中央ホールでも大暴れしたのだろうが、この操舵室でも相当に暴れたのだろう。いくら人数はそこまでではないとは言え……たった1人でここまで事態を収束させてくるのは、まさに鋼鉄の騎士団長の暴走が為せる技というものだ。
「それはそうと……フフフ。ラウール様、いい所にいらっしゃいましたね。実はね、お暇つぶしがてら……刑務所の在り方について、マティウス様とギブス殿とでお話ししておりましたの。で、宜しければかの鉱山刑務所について、あなたの調査結果をマティウス様にも話して頂けないこと?」
そんな話はしていない。今はスピリントの罪状を話している時だったのでは? ……と、マティウスは訝しげに思うものの、ギブスの方はその水の向け方が気まぐれでも無関係でもないことを、よく知っている。とは言え……この予想外だらけの状況でどうすれば良いのか、ギブスは悩んでいた。
ラディノ将軍解放を餌にして集めた残党達が、ヴィクトワール1人に鎮圧されていたのがあまりに想定外すぎたのだ。しかも頼みの綱でもある、隠し球もやってきていない。予定にない孤軍奮闘を強いられて、打開策もなければ避難経路も塞がれている。これではまるで、The trapped like a rat……ただの間抜けな袋の鼠である。
「鉱山の刑務所……? あぁ、クロツバメについてですか? なるほど、確かにあの刑務所も特殊な場所でしたからね。アウーガとは少々事情が異なりますが……更生不可と判断された囚人を収容していたのは、アウーガとの共通事項でしょうか」
いつになく素直な子猫ちゃんのお返事に、ニッコリと微笑むヴィクトワール。しかし、その一方で……ギブスは冷や汗どころか、嫌な汗も止まらない。やはり、ヴィクトワールはスピリントと協力者とでクロツバメ鉱山で兵器用の神経毒を製造していた事を知っている。そして……おそらくこの様子だと、ギブスこそが協力者とのパイプ役であったことを、彼女は見抜いていたのだろう。だからヴィクトワールはわざわざこんな所に留まっては、彼ら側の緊急事態を是正しようとギブスが乗り込んでくるのを、今か今かと待ち構えていたのだ。
「クロツバメ刑務所では囚人を労働力として利用し、神経毒を製造していたようですね。とは言え……毒の種類までは調べられませんでしたけど。ただ、鉱山の危険性を警告していたロンディーネ侯爵を亡き者にしてまで、当時の刑務所長でもあったモーズリー矯正監は、事実が明るみに出るのを防いだつもりだったみたいですよ。まぁ、それも最終的には別の目的があってのことでしたが……。それはさておき、神経毒の売却先の調査は依頼に含まれていません。ですから、俺はその先は知りませんが」
同じ空間でギブスが焦りに焦っているのを知ってか知らずか、ラウールが捻くれた態度でお喋りをしては、肩を竦めるものの。そこまで暴露してもらえれば、続きはお任せあれと……ヴィクトワールが子猫ちゃんの態度を珍しく嗜めることもなく、話を続ける。
「クロツバメ刑務所は鉱山に眠るエネルギー資源開発を主眼とし、それに伴う労働力に囚人を利用する目的で設置された刑務所でした。囚人達には鉱山で働いてもらう代わりに、夜はそれなりの自由行動も許していたとあれば……仕事の内容はハードでしょうけど、娯楽もきちんと用意していた分、囚人への配慮もあったと報告もされていましたわね。しかし、それはあくまで表向きの事情でして。実際は鉱山が丸ごと、ロンディーネ家から刑務所の立案者であり、軍事省の最高責任者でもあったジプサム・ノアルローゼ殿に買い取られてからは……裏でクロツバメ鉱床から産出される辰砂を原料にした神経毒が生成されていましたの」
「ジプサム・ノアルローゼ? ヴィクトワール、どういう事だ? 先ほどから……話の向きがさっぱり分からない上に、どうしてここでギブスの父親が出てくるんだ?」
「……父上、途中参加の僕でも話の概要は理解できましたけど……。父上は相変わらず、大事な事を尽く見逃す上に、無頓着なのですね……」
「な、アレン! それはどういう意味だ⁉︎」
いつもこの調子なのかはさて置き、さも呆れたといった表情で……アレンが推量含みの事情を唯一、何も分からないらしい父親に説明し始める。この場合に注目するべきはジプサムの名が出た事ではなく、神経毒製造の音頭を取っていた大元がノアルローゼであるという事であり、その現実を再利用しようとしている勢力がいるという事であったが。頭の中が常に戦闘中の国王には、細かい機微はどうしても興味の範囲外になってしまうらしい。




