クリスマスキャロルはエグマリヌの船上にて(22)
「マティウス様まで連れて、何をおっしゃるのかと思えば……そんな事ですの? ギブス殿」
「ロンバルディアはかつてから、実力主義の強国。それなのに、実力主義を主張していたスピリントをアウーガ送りにするなんて……どうかしているだろう!」
どうもしていませんわ……ギブスの主張にほとほと呆れたと言わんばかりに、余裕の表情で肩を揺らすヴィクトワール。そもそも、彼はスピリントのアウーガ送りの本当の理由も知っている。その措置は何も、彼が過激な政策を叫んでいたからではないと、誰よりも把握しているはずなのに。そう、ヴィクトワール含む軍部協議員会がスピリントを島流しに断じたのは、もっと別の致命的な罪過があるととあるスジから知らされていたからである。
「えぇ、えぇ。確かにロンバルディアは今も昔も、実力主義で人員を採用しているのは変わりません。軍人も職員も例外なく、地位や家柄を勘案せずに判断する事を是としておりますわ」
「だったら、正しい主張をした者を処罰するのは、おかしいではないか⁉︎」
これだから、自分が可愛い貴族というものは。自身も傍系とは言え、貴族出身である以上……ノアルローゼだけを色眼鏡で眺めるのは、卑怯だと思うものの。ヴィクトワールにしてみれば、スピリントを正しいと言い切るギブスの神経そのものも、危ういものに思えてならない。
「ヴィクトワール、騎士団はお前の物ではないぞ! このマティウスの物だ! それなのに……お前のせいで、優秀な人材が冤罪を被っているのを見過ごすわけにはいかん!」
「冤罪、ですの? まぁ……陛下、まさか……。ギブス殿の言っている事が本当だとお思いですか? でしたら……私達がスピリントをどうしてアウーガに収監したのか、ここで改めてお話ししても?」
船長の後頭部に予断なく銃口を向けながら、普段の調子を崩さない鋼鉄の騎士団長。あまりの冷静さと、相変わらずの柔らかな物言いに、これだから穏健派の女騎士は面倒なのだと一方のギブスは考える。無論、彼女が上澄の罪状を暴露する事も想定して、マティウスをしっかりと懐柔したのだ。何も問題ない……と、ギブスも余裕の表情で彼女の迎撃を試みるが……。
「……スピリントの罪状は3つあります」
「3つ? 2つではないのか⁉︎」
「あら、ギブス殿。まさか……1番重要な内容をお忘れで? 彼が更生不可とまで判断されるほどに、禁忌に手を染めていたのを……ご存知ないと?」
「な、何のことを……言っているんだ?」
まさか、ヴィクトワールはあの山の事も知っているのか? そんな秘事を内心で燻らせながら、とうとう冷や汗を流し始めるギブス。事実が露見する前に、あの場所は「特定閉鎖区域」に指定していたはずだが……。
アウーガ島、別名・監獄島。そこは如何なる者でも脱獄不可とまで言われる、孤島の天然要塞である。その噂は決して、大袈裟な物ではなく……例え、かの怪盗紳士であろうとも脱獄はできないだろうと、ヴィクトワールは考える。しかし、そんなアウーガ島に収監されるのは、泥棒なんてありふれた犯罪者では決してない。
囚人は全員、更生不可と判断された凶悪なテロリストや政治犯……再び野に放てば社会に致命的なダメージを与える事が想定される、地位や手段を持つ者も含む。そして、スピリントはその2つをしっかりと持ち合わせる、凶悪犯中の凶悪犯だった。
「その罪状とやらを、私は具には知らないのだが。だったらば、よかろう。この場で、聞いてやろうではないか」
「お、お待ちください、陛下。全てを知らずとも……スピリントが優秀な軍人なのは変わりません。ですから……」
「いや、私は罪状に興味がある。……構わぬ。話せ、ヴィクトワール」
「かしこまりました。でしたら……順番に説明いたしますわね。スピリントの罪状は3つ……1つ目。過度な訓練により、部下の過労死を招いた事。分かっているだけで彼のシゴキで8名、若い兵士が殉職しております。その理由も根性が足りないという、個人的な感情によるものだと主張したようですが……まぁ、なんと嘆かわしい。同じ場にいた貴族の軟弱者には手を向けなかった時点で、完全に選り好みしてますわね。その上で……2つ目。中将の地位を利用して、不正に軍部の士官候補生のスコアを操作し、貴族出身者に便宜を図った事。これに関しては、スピリント側にそれなりの謝礼が入っている事も調べがついております。もちろん、対象の士官候補生に実際の試験を受けさせたところ、点でなっておりませんでしたので……私の方で全て弾き落として差し上げましたけども。あらら? 実力主義を主張していたはずの優秀な軍人が、賄賂でイチコロですの? まぁまぁ、どのお口がそんな事をおっしゃるのでしょうね?」
これは明らかに当て付けの意趣返し。そんな挑戦状を叩きつけられた事を、しかと悟るものの……正直なところ、この程度の事実はマティウスの心証をほんの少し悪くするだけで済む。しかし万が一、ヴィクトワールが語ろうとしている3つ目の罪状が、ギブスの知っているそれと一致する場合。その時は、やや強引な手段を取るしかない。
そうして、頭の中で凶悪犯さながらの凶行を思い描いているギブスを他所に、いよいよヴィクトワールが悍しい事実を語り出す。どこまでも柔和で、どこまでも冷静。しかし……女傑の瞳に明らかな軽蔑の色を認めては、ギブスの脳裏は焦燥と一緒に、怒りを抑えるのにも苦労していた。




