クリスマスキャロルはエグマリヌの船上にて(19)
この場合はどうするべきか。当初の手筈通り、ソーニャに護衛を任せられれば良かったのだが……見ての通り、彼女はすっかり持ち前の乙女趣味をフルオープンにしながら、緊急事態もどこ吹く風と、興奮冷めやらぬ様子。そんな同僚の熱さましも腕利きの調剤師の仕事と割り切り、計画を遂行しようと試みるヴェーラ。とにかく、ソーニャに想定内の動きをしてもらわなければ、色々と面倒だ。
「ソーニャ、ソーニャ!」
「あら? ヴェーラ……いかがしましたの?」
「ちょっと、いいかしら? 少し、話したいことがあるのだけど」
とにかく作戦会議が必要だ。そんな事を仕方なしに考えながら、ソーニャを強引に外に連れ出すと、ヴェーラがお役目を全うしてもらおうとお留守番の概要を囁く。
「……と、いう事で。私は操舵室に向かうつもりなのだけど……ブランネル様の護衛と一緒に、ユアンの動向にも気を配ってくれるかしら?」
「……まぁ、ヴェーラはユアンさんを疑っていらっしゃるの?」
「そういうわけじゃないんだけど……なんだか、妙にしっくりしないのよ。きっとオペラ歌手としては実力もあるんでしょうけど……ギブスがクルーの手配と同時にテロリストも調達していた可能性を考えると、その息がかかっているかも知れない相手を、手放しで信用はできないわ」
「ですけど……それ、ラウール様の予測がベースでしたよね? 確証もないのでは?」
えぇ、その通りよ……とヴェーラが肩を竦めれば、それでも彼の意見は無碍にできないと、ソーニャも緊張感を多少取り戻す。
ラウールの悪い予感の的中率が異常に高い事は、彼女達もよく知っている。どこまでも非科学的ではあるが、憎たらしい程に鋭い直感に従えば……ギブス、延いては彼の知り合いは一律怪しい、という事になるのだろう。
「でしたら……私はこちらに残ってブランネル様の護衛をしつつ、皆様の様子にも気を配っておりましょ。それに……フフフ。折角ですから、待機がてら……聞き込み調査も済ませておきますわ」
「あ、あぁ……ま、その辺の判断は任せるよ。くれぐれもボロは出さないよう、頼むわ」
ソーニャの発言に不安なものを感じながらも、しっかりと役割分担を確認したところで部屋に戻る2人。そうしてヴェーラはそのまま、キャロルとジェームズを連れて来た道を引き返す。いくら浮ついているとは言え、ソーニャがいれば少なくともブランネルの身は保証されるだろうし、このまま彼らに紛れて潜伏させておけば……ユアンがもしそちら側であっても、1人では何もできないだろう。
「さて……と。本当はソーニャ1人は不安だけど、キャロルちゃんをお目付役に残したら、ラウールの坊やに怒られそうだしね。とにかく、トットと行くわよ」
「はい……それにしても、本当に大丈夫かしら……」
【マァ、あるテイドはダイジョウブだろう。あれでソーニャはウデキきだ。モーリスよりはタヨりになる】
そのモーリスは、今頃も医務室のベッドで唸っているんだろうか? 勢い、置き去りにしてしまった事を申し訳なく思いつつ、もう少し我慢してくださいと心の中で詫びるキャロル。兎にも角にも……今は操舵室へ急ぐ方が先だ。
***
随分と困った事になった……甘いマスクを顔に張り付けながら、内心に焦りを募らせるユアン・フェリマン。その焦りは任務遂行に支障を出しそうだという懸念に付随するものであり、ヴェーラ達が気にしていたギブス絡みでは決してない。ブランネルが1人でふらりとやって来て、同僚達にあっさり馴染んだのは、特段問題はないが……突如やって来た彼の護衛らしい1人の淑女の存在が、非常に厄介だ。
(見たところ、歳は25〜6……まだまだ若い。だけど……)
同業者が見れば、ソーニャが手練れであることはすぐに分かるというもの。見た目も若く、きちんとゲストらしく清楚なイブニングドレスに身を包んではいるが……そのクセ、足元はヒールではなく機能性を重視しているであろうフラットシューズ。もちろん、艶やかなエナメル素材らしいそれはイブニングドレスの華やかさにも引けは取ってはいない。しかし、ハイヒールを履かなければならないというルールはないものの、丈の長いイブニングドレスの足元は、多少ヒールがあるものを選ぶのが普通である。しかも……。
(衣擦れの音に混じって聞こえてくるのは……間違いない。金属音だ。だとすると……)
ドレスの下に隠れているのは、拳銃かナイフか? 何れにしても、ぶつかって微かな音を響かせている時点で、その数は1つや2つではないはずだ。おそらく、彼女は優雅な衣装の下に物騒な秘密道具を隠し持っているのだろう。
(さて……どうしようかな。顔を覚えられてしまったのは、非常に不都合だな……。しかも、ここで抜け出したら、間違いなく怪しまれるだろうし……)
特に、先ほど部屋から出て行った知的な印象の美人が、自分にあからさまな疑いの目を向けていたのも非常に気に掛かる。直接的な関係はないとは言え……やはり、船旅のプランナーでもあるノアルローゼの名前を出したのは、時期尚早だっただろうか。




