クリスマスキャロルはエグマリヌの船上にて(18)
ジェームズの鼻と、ソーニャの腕っぷしと。その2つが揃えば怖いものもないとばかりに、時折遭遇する戦闘員をその場で沈めながら、慎重かつ大胆にブランネルの行方を探していると……彼はどうやら、別枠の船上スタッフに紛れて難を逃れていたらしい。夕食後の別れ際に、ラウールがそれぞれの部屋に見送っていたのに……ブランネルは自身もすっかりマリオンの大ファンになったとかで、あろう事か、単身こっそり出かけては彼女達の控え室で楽しくお喋りをしていたと言うのだから、呆れるやら、恐ろしいやら。
「……ブランネル様には、ご自分がとっても偉いご自覚、あるのでしょうか?」
この完璧な紛れ具合。これでは確かに……テロリスト達も彼らの仲間だと勘違いしては、ブランネルがロンバルディアの先王だとは、夢にも思わないに違いない。
「うむ? もっちろんじゃよ、キャロルちゃん。じゃから、こうして……色々と根回しをしようと、余なりに頑張っていたのじゃぞ?」
「根回し、ですか?」
「そうじゃよ〜! ここにはマリオンさんだけじゃなくて、同僚のフェリマンさんや演奏者までおるのじゃぞ? なんでも、フェリマンさんもオペラ歌手とかで……今夜のディナーショーを担当していたそうじゃ! じゃから、ラウちゃんの結婚式に是非、みんなで来て頂戴と、お願いしておったのじゃ〜!」
「アハハ、ブランネル大公にこうしてお目にかかれるなんて……本当に恐縮すぎて、なんて言えばいいのか分からないのですけど……。始めまして、麗しいレディの皆様。僕はユアン・フェリマンと言いまして……」
「も、もちろん存じてますわ! ここ最近、人気爆発中の“彷徨えるヒース人”のバリトン歌手ですわよね⁉︎ あのお芝居、チケット確保難易度もトップクラスなものですから、まだ拝見できていなかったのですけど……ま、まぁ! なんて幸運な事なのかしら⁉︎ トップスターが今、まさに! 目の前に2人もいるなんて! あぁ……こんな状況じゃなかったら、サインをいただくのにぃ!」
「こんな状況……ですか?」
「ほよ? ソーニャ、それ……どう言う意味? 一体、何があったのかの?」
今はそれどころではありません。どうやら、この場のスタッフ(+1名様)もこの船の状況を把握していないらしい。オペラマニアのミーハー具合を遺憾無く発揮しているソーニャを半ば放置しつつ、そんな彼らにも仕方なしにキャロルが事と次第を説明すると……あまりの深刻さに、それまでの和やかな雰囲気が一変、緊張感に包まれる。そしてあまりの不自然さに、思わず顔を見合わせるキャロルとヴェーラ(そしてジェームズ)だったが。
「ふむ、やっぱり妙だね……」
「はい……どうしてテロリストさん達は乗客はともかく、スタッフさんの見張りはしていないのでしょうか? ……現に……」
「そうさね。私達がいたメディカルセンターにもそれらしい奴は来なかった気がするが……。ま、私達の場合はソーニャが片っ端から沈めていた部分もあるけど……それにしたって、手薄にも程がある」
【クゥン……】
違和感を払拭しようと、ヴェーラがその場にいる全員に質問を投げる。もし聞いていた通りに、ギブスと同じ理由でこの場の警備が手薄なのであれば……この中にも、それらしい人物が紛れ込んでいるかもしれない。
「ところで……マリオンさんはどうして、この船に乗ることになったのですか? きっと、キッカケはお仕事だとは思うのですけど……。こんな状況になってしまって、本当にお気の毒ですね……」
「えぇ……。まさかこの船がそんな状態になっているなんて、思いもしませんでしたが……私はユアンのご紹介に与る形で同乗させていただきましたわ。なんでも、最初はユアンだけの予定だったそうですが……最終日のクリスマスパーティに採用された楽曲にソプラノパートがあるとかで、それでお誘いがありましたの」
「そうだったのですね……これでは巻き添えもいいところですよねぇ。本当にお労しい……」
そうかもしれませんね……なんて、マリオンが緊張感と恐怖感に体を震わせながら答えれば。自然な理由と彼女の様子からしても、おそらくマリオンはシロだろう。そうして、他のメンバーにもそれぞれ乗船理由を聞いてみるが……彼らはどうも、ユアンの誘いに乗った雇い主でもある、オペラ座のオーナーが斡旋した管弦楽団らしい。
「だとすると……ここにいる皆様にお仕事を持ってきたのは、ユアン様と言う事になりますか?」
「そうなる……でしょうね。こんな事になるなんて、思っていませんでしたけど……僕自身はノアルローゼ夫人・ミネルバ様の後援をいただいていましてね。そんなパトロンのご主人からご要望を頂いたものですから、ありがたくお受けしたのですけど……」
それなのに、みんなを巻き込んでごめんね……なんて甘いマスクで囁きながら、同僚を労う余裕さえ見せるユアン。彼の余裕は舞台慣れという度胸の賜物でもあるのかもしれないが……その割には、まるで緊急事態さえも知っていたかのように落ち着き払った態度といい、ノアルローゼとの関連性といい。ヴェーラの目には、彼の素性こそが真っ黒に見えてならなかった。




