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クリスマスキャロルはエグマリヌの船上にて(16)

「遅かったようですね……。これは、ギブスに一杯食わされましたか?」

「って、あれ? ラウール様……でしたよね?」

「如何致しましたの?」


 見張りが未だ伸びているとなれば、残りの人質は呑気なもの。大部分の緊張感も抜けてしまっているらしく、どこから持って来たのかは知らないが、ワインとチーズで酒盛りしている者までいる始末。これが立食パーティなら小洒落た雰囲気もまだ、保てるのかも知れないが。あろう事か、床にどっかりと座り込み、鼻を赤らめている時点で……これでは、どこぞの酔っぱらいと大して変わらない。


「……マティウス様とギブスはどこに行きました?」

「え? えっと……確か、奥の部屋で話し合いをするとかで……」

「先程、ドアの奥へ向かわれましたわ」


 奥の部屋……か。

 王女と思われる淑女(歳は20代前半と言ったところか?)に示された方を、苦々しい気分で睨むラウール。ジェームズの証言通りであれば、その先は緊急避難経路だろう。だとすると……。


「あぁ……いよいよ、面倒な事になりましたね……。また操舵室方向へ()()()ですか……」

「操舵室ですか? えっと……何がどうなって、そうなるのでしょうか? そもそも、彼らはそちらのドアから出て来ていませんよ?」

「この船は()()()()()()()()で出来上がっておりましてね。客室にはなかったはずの設備と経路が、乗組員室にはしっかりあるのです。そのドアの先はおそらく、救命ボートが並ぶ緊急避難経路に繋がっていると思いますよ。ですから……ここにいる皆さんは一応、それなりに生存の可能性があると考えていいでしょうね」

「そ、それは一体……どういう事ですか?」


 ラウールのやや突き放すような言葉に、どよめく国王一家と20数名の人質達。おそらくマティウスと一緒にいる時点で、彼らはジャックされた瞬間は国王と同室にいた者達なのだろう。それは要するに、この船のゲストの中でもかなり重要なお客様だという事であり、ある意味でギブスの貴族としての自信の程が見え隠れするものの。それなのに、最重要人物を取りこぼすなんて……飛んだお笑い種だ。

 そんな事を皮肉混じりで考えながら、その場の顔ぶれを確認するように見渡して……今更、1つの事実に気づくラウール。そう言えば……普通なら不在はあり得ないはずの()()がいないではないか。


「……そう言えば、マティウス様付きのガードマンはどこに行ったのです? 先ほども、この部屋にはいなかったように思いましたが……」

「そ、そう言われれば……確かに、食事の時から姿が見えないような。兄上は見かけましたか?」

「いいや? あ……でも、そう言えば。ギブスが物々しい雰囲気になるからと、夕食前に彼らをスカイデッキからは退かせていた気がする。……そっか。もしかして……ラウールさんは今回の件に、ギブスが何か噛んでいると思っているんだね?」


 兄上と呼ばれた、おそらくアレンと思われる少々太めの紳士が鋭い反応を示してくる。なるほど、彼はおっとりしているように見せかけて……中身は結構、切れるらしい。やや鼻息が荒いのが気になるが、それでも彼の意見に同意を示しては、ラウールも調べて来たことと状況を説明する。


「なるほど……この船は元々、その目的があって父上に贈られたんだね。最初は憧れの船が持てるなんて、父上も喜んでいたけど……何だかなぁ。あ〜あ……だから、ノアルローゼにシェルドゥラを任せるのは止めようって、言ったのに。父上は本当に人の言う事を聞かないんだから。毎回、暴走を止める方の身にもなって欲しいよ……」

「兄上、そのご心労お察しします。いつもいつも……父上のお供を引き受けてくださり、ありがとうございます」

「いつもいつもマティウス様のお供を……引き受けている、のですか?」


 何やら話が逸れ始めてしまったが。ラウールが不思議そうな反応を示したのに、これは説明しなければならないかと……苦笑いしては、肩を落とす王子達。

 彼らが語るところによると……王妃の体調不良が長引いている事もあり、マティウスの歯止め役として仕方なしに、アレンはこうした催し物には欠かさず出席しているのだと言う。しかし、それを正直に言えばマティウスの気分を害しかねないとかで……彼は自分の婚約者探しを名目(仮口上)に、常々強引にくっついているのだそうだ。


「そうだったのですね……。それはそれは、ご愁傷様です。それはともかく、ここは急がなければ。その暴走気味なマティウス様は間違いなく、この船にとってのダークホースになり得る存在でしょう。本当は爺様がいれば、ギブスにとっては一番良かったのでしょうけど……いないものは仕方ないですよね。きっとギブスはキング(ブランネル)ではなく、ジョーカー(マティウス)を代用する事で……ヴィクトワール様を脅すつもりだと思われます」

「そうか。だったら……僕も行くよ。こう見えて、走るのだけは得意なんだ。よければ、一緒に連れて行ってくれないか?」

「左様で? ……失礼ですが、アレン様はとてもではありませんが……」

「フフッ、大丈夫さ。僕のこれは脂肪ではない! 筋肉だ! 伊達に()()()()()()と呼ばれているわけではないぞ!」

「そう言われましても、ねぇ……。その名乗り口上……もうちょっと、格好のいいものはなかったのですかね?」


 ラウールにしてみれば間抜けな2つ名も、ラザートや王女達には殊の外、頼もしく聞こえるらしい。だったらば、もう少し素敵なニックネームはないものかと思うものの。マティウスの手綱を握りなれているらしいアレンの同行を了承すると、ドアの向こうに踏み出すラウール。そのドアの先は予想通り、もぬけの殻になった準備室が続いており……床には逃げ道がポッカリと口を開けて、彼らを待ち構えていた。

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