クリスマスキャロルはエグマリヌの船上にて(14)
【それで? ラウールはどうするんだ?】
「俺は一旦、ギブス様の様子を見に戻ります。先ほどの発言からしても、彼は冷静な人物だろうと思いましたが……ノアルローゼは基本的に血の気が多い事でも有名なのです。温和な様子は演技だった可能性も、否定できません」
もしかしたらギブスは、He is pretending to be as a kitten……猫を被って、無害なふりをしているだけかも知れない。それでなくても、本当はマティウスと一緒にいるはずのブランネルが不在だったのだ。だとすれば、国王を鮮やかにあやして見せたのは……あくまでギブスにとって、次点のカードでもあるマティウスに死なれたら困るからだろう。
「それで、爺様を見つけられたら、彼の護衛は当初の予定通りソーニャにお願いしてください。彼女がいれば、少なくとも荒事に関しては問題ないでしょう。で、その後はお手数ですけど、ヴェーラ先生を連れてヴィクトワール様の所へ戻ってほしいのです」
「私とジェームズがヴィクトワール様の所に戻るのは、いいのですけど……どうして、ヴェーラ先生も一緒なのですか?」
「……ヴェーラ先生は元々、旧・シェルドゥラで海戦用に生み出された宝石なのです。ですので、彼女にはそれなりに海の知識があります。まぁ、ここまでの大型船舶の操舵は難しいかも知れませんが……船長が使い物にならない場合は、最悪の場合はお願いするしかないでしょう」
ヴェーラ……その名前の意味は「帆」。正式名称、緑柱石ナンバー9。本当は宝石人形ではなく、兵器として生み出されたはずの彼女のそれまでの航路は……荒波に突如放り出された挙句に、自らの帆1つが頼りの、心許ない浮舟での航海でしかなかった。
身体能力に優れるとは言え、女性である以上、硬度はそれほどでもない。そのため、必要以上の鍛錬(無論、普通の人間には到底無理な内容である)にも耐えられないと判断された彼女は、不良品の烙印を押されてしまう。しかし、彼女を生み出した飼い主達はあろう事か……彼女を再利用という名目の元に、とある閉鎖的な空間に放り込んだのだ。戦時中の抑鬱された猛獣の群れに美しい餌が放り込まれれば、詳細を説明するまでもなく……顛末を想像するのは、非常に容易い。
そんな状況で、運良くシェルドゥラの捕虜として彼女がロンバルディアに保護された時には、目立つクラックこそなかったが……ヴェーラは身も心もボロボロの状態だった。
「……捕虜としての記憶もあるヴェーラ先生にとって、あのプールは少々辛いものがあるかも知れません。安全面の意味でも、ジェームズが探し当てた経路を使った方がいいでしょうかね」
【そうか、あのプール……ジッケンヨウのセツビだったんだな】
「えぇ、おそらく。少なくとも……ロンバルディア周辺国家では、マルヴェリア条約の遵守するべきという理念があります。もちろん、かつてのシェルドゥラでもそれは従って然るべき規則だったはずですが……戦争を始めた当事者達には、その理念はなかったのだと思います。それで、陸地に研究拠点を置けないのなら、捕虜の収容ついでに……海の上で実験をしてしまえばいいと考えたのでしょう」
マルヴェリア条約とは「捕虜や俘虜に対しても、人道的な扱いをするべき」という項目を含む、戦争傷病者への配慮を各国に求めるための国際条約である。それでなくても、永世中立国を名乗っていたはずのマルヴェリアはかつてのシェルドゥラが隣国だったこともあり、そのあまりの暴虐性に危惧を募らせてもいたのだろう。そうして有り余る危機感と、穏健な判断を元にマルヴェリアで作成された条約は、今では大陸各国が署名・加入している程の世界ルールにもなりつつあるが……非人道的な行為全てを禁止できる程の抑止力はない。
「……非常に残念な事ではありますが、捕虜というのは実験材料としても有用だと判断されることが多いようですね。特に戦時中のハイな状態だと人間というのは、想像も絶する程に残酷なこともできるようになるみたいです。そして……本当に不本意な事ではありますけど、シェルドゥラで捕虜を使って観測された人体データは、今でも医療分野では信頼できる確かな数値として、カッティングポイントの設定基準にも用いられています。おそらくあのプールは人体の耐熱性の観測の他、後処理の煮沸消毒に……タービンとプロペラの様子から、ストレス実験等に利用されていた可能性もあるでしょう」
そこまで一気に呟いて……やれやれと首を振るラウール。
人間は時折、どうしようもなく残酷になる。しかも、そこに戦争という非常事態が加わると、その残忍さは異常性を増して……それが当たり前になってしまうのだから、いけない。It is no use contending against a man in power……長いものには巻かれろと、よく言うが。長いものが根底から狂っていた場合には、それを間違っていると言える勇気さえも弾圧しては、暫定的な常識で押し流してしまうのが……悲しいかな。自分が可愛くて仕方ない、人間の集団心理というモノだったりする。
【作者より】
作中のマルヴェリア条約は「ジュネーヴ条約」まんまです、ハイ。
架空の世界を舞台にしているので現実世界の固有名称を使うわけにもいかず、この様な形になりましたが……。
言わずもがな、な部分があるので説明が冗長に感じられるかも知れません。
毎度のことながら、色々とクドくてごめんなさい。




