クリスマスキャロルはエグマリヌの船上にて(13)
「さて……どうしましょうかねぇ。おそらく、ギブス様の動向を確認する必要もあるでしょうけど……ヴィクトワール様と白髭を探すのが、最優先事項なのも変わりませんし……」
「でしたら……ここで2手に別れるしかないのでは?」
できれば、それはしたくないのだけど……この場合は仕方がないか。相棒との別れが惜しいのは山々だが、いくらラウールでも分身はできないし、結構な距離がある中央フロアとギブスが軟禁されていた乗組員室との往復だけでも相当の時間がかかる。
「……とは言え、どうしましょうねぇ。キャロルにはギブス様の尋問、できますか?」
「ギブス様の……尋問、ですか?」
「えぇ。おそらくですけど……」
そこまで言いかけたところで、耳を必要以上に刺激する銃声が木霊するのに、お喋りを中止するラウール。まさか、見つかったのかと2人で顔を見合わせながら、耳を欹てていると……どうやら、見つかったのではなく、ラウール達とは別の侵入者があったらしい。扉の外から聞こえてくるテロリスト達の哀れなまでの慌てように、待ちに待ったヒーローの登場を想像しては……思わずニヤリと笑ってしまう。ここはしばらく、彼の活躍が収束するのを待った方がいいだろうか。
「うわっ! 何だ……この犬は⁉︎」
「って、な、何だよ、こいつ⁉︎ う、うわぁぁぁぁぁッ!」
例え、怒鳴られ、脅されようとも……蝶ネクタイでおめかしした漆黒のシークハウンドは銃を向けられた程度では引かないし、怯えもしない。しかも、どこから見つけていたのかは知らないが。牙に咥えた大振りのサバイバルナイフを器用に操り、目にも留まらぬスピードで彼らにアタックを仕掛けては、指やら耳やらを落として見せる。物言わぬ奇妙かつ不気味な伏兵に、烏合の衆でしかない見張り達は我先にと逃げ出すが。彼らの敗走を必要以上に追うこともせず、ようやく飼い主に再会できそうだと、トコトコと匂いを辿っては……漆黒の伏兵が、カリカリと目的のドアを前足で引っ掻く。
「ジェームズ……一体、何をしているのですか……?」
【フガガ……(あ、ナイフをクワエているの、ワスれてた……)】
扉の奥から、ちょっとだけ懐かしい飼い主が顔を出せば。安心したように口元のナイフを床に下ろして、ジェームズがようやく活躍の程を報告し始める。それによると、彼はかなりの部分で船内の事情を調べてくれてきたらしい。真っ先に自分達を探しに来ないのを、ちょっと不服に思っていたが……戦果を聞かされれば、良くやったと褒めざるを得ないだろう。
【……このフネ、センチョウもグルだったみたいだぞ。ソウダシツにはヴィクトワールがツカまっていたけど……あのヨウスだと、ミのシンパイをしなければいけないのは、センチョウのホウだろうな】
「ジェームズ……それ、どういう意味ですか? ヴィクトワール様は無事なのですか?」
【ブジもブジだ。ミハリをハりたオして、テロリストのヨウボウにはクッしないとイキマいては……センチョウをギャクにオドしていた。タブン、このままイケバ、ヤツらのケイカクはシッパイにオわるだろうな】
きっと、哀れな船長も「Oh,Dios mío!」……何てこったと、頭を抱えているに違いない。
航路自体が変更されているのかは判断しかねるが、あの鋼鉄の騎士団長のこと。おそらくアウーガ島にも乗り込んで、この目でラディノ将軍の最期を見届けてやると息巻いている気がする。
そんな事を想像しながら、別の意味で身震いするラウール。その操舵室は中央ホールを抜けた先にあるのだが、先程の見張りの数からしてもホール内にも相当の人数がいたはずだ。もしかしたら、目の前でナイフを足元に置いている愛犬の手助けもあったのかもしれないが……それにしても、1人で状況を打破してくる大胆さは、鋼鉄の不屈精神(という名の暴走)と呼ぶに相応しい。
「おや? でも……ちょっと待ってください。だとすると、ジェームズはどこから操舵室に潜り込んだのです。中央ホールへの通路はそれこそ、この廊下だけのはずです。そして、操舵室は更に奥……1本道だったはずですけど……」
【このフネ、モトモトセンカン。ジェームズがミつけたノリクミインシツのオクには、ヒジョウヨウスロープとクダりヨウのポールがあった。で、そのサキはキュウメイボートがナラぶホソいロウカでレンケツされていて……ソウダシツにツナがっていたぞ】
「……そんな経路、先程の設計図にはなかったような……」
「えぇ……だからこうして、この廊下の先にどうやって進もうかと悩んでいたのですし……」
だとすると……先程、自分達がいた乗組員室にも同じように操舵室に繋がる経路があるという事だろうか?
(この船の客室部分は後付けですから、経路を繋いでいなかったのでしょうけど……でも、それにしても不可解ですね……)
避難経路は設計図にも記載されていて然るべき内容である。それなのに、先程の設計図にはそんな経路は敢えて省いていたかのように、何1つ描かれていなかった。
「もしかして……一番拙いのは、マティウスを放置している事ですか?」
「どうしてですか? だって、さっきの話だと……」
「えぇ、間違いなくマティウスは交渉相手がアウーガ島の看守であれば、最重要人物ではないでしょう。しかし、テロリストではなく、ギブス様にも交渉相手が別にいて……その相手がヴィクトワール様となる場合、話は別です。それでなくても……ノアルローゼにとって、ヴィクトワール様は非常に気に食わない存在でしょうから。もしかしたら……」
ヴィクトワールは史上初の女性騎士団長であると同時に、ノアルローゼ家以外から抜擢された女傑である。前例もなかったはずの例外措置は、ヴィクトワールが実力で選ばれた事を暗に示してもいて……それでなくても、終戦に伴う軍縮を掲げていた先王・ブランネルが見出したとあって、彼女は実力だけではなく、人気も非常に高い。そんな異端児達は、軍需産業をお得意とするノアルローゼにとって、まとめて厄介な存在には違いないだろう。
「……仕方ないですね。ここは作戦変更といきましょう。まず、キャロルとジェームズはヴェーラ先生やソーニャの所へ戻って……状況を彼女達に伝えてください。そしてジェームズの鼻を使って、奴らよりも先に爺様を押さえるのです」
【だとすると、チチウエはまだミつかっていないのか?】
「少なくとも、俺達は見つけていませんね。もしかしたら、どこかで捕まっているのかもしれませんが……まぁ、最終防衛ラインがヴィクトワール様である以上、殺されている事はないと思います。招待客の中でも、脅迫材料としては最強のカードでしょうから」
おそらくだが、彼らはブランネルを運悪く取りこぼしたのだ。本来であれば、マティウスと一緒に食事していたはずのブランネルは、今夜は一般客に紛れて食事をしていたし……その後も国王一家と過ごしていたとは考え難い。それに、多少お年を召していて立派な髭を生やしているとは言え、全体的に平均年齢も高めの乗客に紛れれば、異国のテロリスト達には見た目だけで彼を探し出すのは難しいだろう。
何せ、この船には約150人も招待客(しかも、全員競うように着飾っている)がいるのである。おそらく、彼らはマティウスと一緒にブランネルも拘束できると踏んでは、ピンポイントに人質を狙うことで人員の少なさと、広大すぎる船内の制圧難易度をカバーしようとしたのだろうが……先王と現国王の不仲までは、想定できていなかったのだ。




