クリスマスキャロルはエグマリヌの船上にて(12)
そろそろ、ジェームズと再会したいと考えるも。相手がどこにいるのか、分からない以上……無駄に探し回るのは、却って危ういかも知れない。現に、先ほどまでは恐ろしい程に遭遇しなかったはずの見張りが増えているのを見るに、ラウールとキャロルが潜んでいる角の先は、彼らの本拠地なのだろう。
(……と、なると……。やはり、あのプールはタダの飾りではなかったという事ですか……?)
ヴェーラが探し当てた設計図によると、マリオンが見事な歌声を披露してくれたステージとプールは、この客船が戦艦だった頃からあった設備らしい。そして、今彼らが機会を窺って見つめている廊下の先は……昼間に貴族達がちょっとした醜態を晒していた、プールがある中央ホール。しかし、目的地と思われる場所の目と鼻の先までやって来て、今更ながら、釈然としない気分になるラウール。そもそも、彼らが本性を剥き出しにしたタイミングがおかしすぎるのだ。
(キャロル、とりあえず……そちらの部屋に潜りましょう。少し、確認したいことがあります)
(はい、了解しました。でも……確認したい事って?)
潜入捜査はスマートに。状況整理も兼ねて、空き部屋になっている更衣室に潜り込んでは顔を突き合わせて、キャロルと情報の擦り合わせをしてみるラウール。そうして、最初に感じた違和感の正体について彼女に尋ねれば……先程の設計図を見て、キャロルの方もしっかりと気付いたことがあったらしい。
「キャロルはあのプールが元々は何だったのか……気づきましたか?」
「えぇ、なんとなく……。だって、さっきの設計図……何故か、プールの近くに大型ボイラーとタービンがありましたよ? プールを温水にするにしても、あんなに大きなボイラーが必要なのでしょうか?」
「うん、流石は俺の相棒です。目の付け所も悪くない。さて、おそらくプールを熱湯で満たせる規模のボイラーがある時点で……あのプールはタダのお遊戯用ではなかった可能性が高いと思われます。ちょっとしたお遊びでジェットプールにするにしても、あそこまでの規模のプロペラも必要ないでしょう。そして、誂えたようにステージがあったりするものですから。おそらく……」
「多分、あのフロアは訓練をするためのものか……あるいは……」
普通、船のボイラー室は船そのものの動力を捻出するため、船尾に近い船底のフロアでまとめられていることが殆どである。しかしこの客船には何故か、本来は危険な設備でもあるボイラー室があろうことか、中央フロアの隣にも設計されており……プール自体を熱湯で満たす事もできる仕組みになっていた。そして、プールにはフロアを丸ごと見渡せるように設置されたステージがくっついている。その組み合わせに、非常に嫌な予感を募らせるラウールとキャロル。プールがタダの訓練用であれば、まだ戦艦にはお似合いだし、健気にも思えるが。ノアルローゼは選りに選って、随分な事故物件を豪華客船にリフォームしたらしい。
「……それにしても、どうしてノアルローゼ様は、この船を客船に仕立てたのでしょう?」
「さぁね。それこそ、武闘派貴族様のご趣味にぴったりだったのかもしれませんが……しかし、それでも妙なんですよね」
「妙……ですか?」
「えぇ。例えば、ですよ? キャロルが同じようにシージャックをするとして……人質が大勢いるとなったら、どうやって彼らを拘束しますか?」
「えぇと……。みんなが集まっているところで、手を上げろ……って……。あっ、言われてみれば……そうですよね。普通、人質さんは1箇所にまとめておいた方が管理しやすいですし、こうして私達みたいに、動き回る人が出るかもしれない事を考えても、分割して見張るのは非効率的ですよね……」
約150人もいる招待客を一気に拘束して、一元管理しようと思うのならば、普通は皆が集まる食事時等に事を起こした方が効率的である。しかし、テロリスト達はクルーに紛れ込むという用意周到な芸当を見せているのに、その部分は非常に非効率的なやり方で人質を分断している上に……ソーニャやヴェーラのような、取りこぼしまで許している始末である。
エグマリヌの化けの皮が剥がれるターニングポイントが三日月の指先だったとしても、メルティア港からルドア海峡までこれだけの時間をかけている以上、その間に事を起こすのでも一旦の目的は達成できたはずだ。それなのに……彼らはわざわざルドア海峡を越えたところで、人質だけではなく戦力さえも分断した状態で、シージャックを仕掛けてきた。まるで、何か別の狙いを隠すかのように……。
「……もしかして……俺達は重要な事を見落としていますか?」
「重要な……事ですか?」
「えぇ。だって……どうして彼らはマティウスはともかく、重要な情報を持っているはずのギブス様まで、あんなところに放置しているのでしょうね? さっきの設計図の責任者連名に彼の名前もあった時点で、ギブス様はこの船の仕組みや設備を熟知しているはずです。その情報は間違いなく、彼らにとっても必要な情報となり得るでしょう。それなのに……」
情報源を有効活用しないのは、非常に不可解である。この船がいくら元々は旧・シェルドゥラの戦艦だったとは言え、既視感で目眩を覚える程に膨大な数の客船が増設されているのだし、戦艦の面影を少し残しつつも、ありとあらゆる所に改築の手が入っては、元の姿はかなり霞んでもいる。
しかも、先程のヴェーラの手際を見ていても、設計図はおいそれと閲覧可能な状態でもなさそうだ。だとすれば、彼らがギブスを放置している時点でこの船の情報は渡っていると見て良いだろうし、場合によっては……招待客リストも漏洩済みかもしれない。




