スペクトル急行の旅(9)
割り当てられた客室に戻ってみれば、昼間のソファが物の見事にベッドに早変わりしていた。昼間に背中を預けていた時は少々、安定感が心許ないと思っていたが……なるほど、夜は背もたれを倒してベッドに変形させる仕掛けになっていたのかと、ある意味逼迫している状況にも関わらず、流石のラウールも感心せずにはいられない。
「ふぅ〜! お腹いっぱい、余は満足じゃ! 料理も酒も美味かったし、やっぱり豪華特急のおもてなしは格別じゃのぅ! ……それなのに、どうしてお前は先ほどから、そんなに難しい顔をしているのかね? あ、もしかして焼きもち焼いてくれちゃってるのかの? 余がグスタフと楽しそうにしていたのが、気に入らなかったんじゃろ〜?」
綺麗にシーツまで掛けられているベッドの上に跳ねるように腰を下ろすと、さも楽しそうにはしゃぐムッシュ。……確かに、ラウールにとってグスタフはこの上ない程に鼻持ちならない相手だろうが、今気にするべきポイントはそこではない。
「そんな訳、ないでしょう。全く、爺様は本当にお気楽で結構ですね。……今夜は俺達も危ないかもしれないのですから、俺まで気を抜いていたら乗り切れないでしょうに」
「危ない……? 余達が、か?」
「相手の狙いは多分、俺の方でしょうが、この場合は2人とも巻き込むには打ってつけのはずです。用心するに、越したことありません。……とは言え、爺様は寝てて結構ですよ。きちんと俺の方で片付けますから」
「うむ? 片付ける……?」
「えぇ、まぁ。とりあえず、この辺りに仕掛けを仕込んでおきますから……ムッシュはここ、踏まないようにお願いします」
「ほぅ? ……それはなんじゃ?」
「……種明かしは明日の朝にいたしますよ。別に大した物じゃありません。ちょっとした目印に、ばら撒いておくだけですから」
「目印か……ふむ。まぁ、お前がそう言うんなら、余は余計な心配はしなくていいかの? とは言え……ムフフ! ラウちゃんが余のために頑張ってくれるんじゃったら、その活躍を見ずに寝るのは無理じゃ! よし! 余も目一杯、夜更かししちゃうかの!」
「……どうぞ、ご勝手に。それで明日眠いとか仰ってグズっても、面倒見ませんし、容赦無く置いて行きますからね」
変な方向にワクワクし出したムッシュのご機嫌を他所に、盛大にため息をつくラウール。大体……何が悲しくて、齢80に届こうかという爺様と2人きりで、こんなに狭い空間に押し込められなければならないのだろう。
それでなくとも、ムッシュは歳の割にはエネルギッシュで、常々煩い。足腰が丈夫できちんと歩けるのは、それはそれで結構なことだろうが。……もう少し、年相応に落ち着いてほしいというのが、正直なところだ。
(旅の連れがルヴィア嬢のように可愛いお嬢さんだったら、本当に良かったんですけどねぇ……)
仕事と秘密の関係上、伴侶は生涯持たぬと決めてはいるが、こうして現実が尽く不遇だと気も滅入るというもので。今はひたすら我慢するしかないのだろうが……いつになく、自分の境遇を嘆かずにはいられないラウールであった。




