クリスマスキャロルはエグマリヌの船上にて(10)
「まずはジェームズと合流したいのですが、彼も俺達を探してくれていますかね?」
「えぇ、多分。ですけど……」
「そうですね。ジェームズもですけど……さっきから見張りが1人もいないのが、なんとも不気味ですね……」
ヴィクトワールの所在を探そうにも、広々とした客室の並ぶ船内はどこもかしこも同じ景色。広大すぎる規模のせいか……結構な距離を探索しているのにも関わらず、それらしい相手に遭遇すらしない。しかも内装の調子も混乱に拍車をかける見た目をしていて、非常によろしくない。
きっとエグマリヌ……アクアマリンに引っ掛けているのだろう。ちょっとくらい色味を変えてもいいものを、フロアごとに絨毯の色が多少違う他は、全てがブルー系統でまとめられているせいもあり……そろそろ既視感に目眩もしそうだ。それでも1つ、目印になりそうな施設に辿り着くラウールとキャロル。そのプレートが示す場所に……しっかりと移動はできている事に、変に安心してしまう。
「……ここ、メディカルセンターみたいですね」
「メディカルセンターですか?」
「えぇ。これほど大きな客船……ま、元は戦艦ですけど……のように、長距離航行を想定している大型船舶には、ちょっとした手術もできるような医療設備がしっかりあるんですよ。場合によっては、軽い盲腸の手術くらいまではできるそうで」
「そうなんですね。だけど……船の上で手術ってなんだか、危ない気がします……」
特にさっきみたいに大きく揺れたら、ひとたまりもないような。そんな自分達にはあまり縁がないはずの光景を思い浮かべては……ブルルと身震いをするキャロル。一方でラウールは何かを探しているのか……ズカズカとメディカルセンターのカウンター内部に回っては、ゴソゴソと手当たり次第に物色し始めた。
「って、ラウールさん! こんな所で、火事場泥棒はダメです!」
「おや、心外な。俺はただ、船内図がないかなと思って、探っているだけですよ」
「へっ?」
フロントではないにしても、それなりに中心の設備であることは間違い無いだろうと……それらしい地図があれば拝借しようということらしい。その説明に、彼の手癖の悪さを真っ先に疑ってしまった事を申し訳なく思いつつ……一緒に地図探しを手伝うキャロル。だが……。
「……やっぱり、都合よくそんなものはないですか」
「そうですね……。でも、ここ……船のどのあたりなのでしょうか……?」
この場合はいっそ、甲板に出てしまってもいいのかもしれないが。先ほどから、船の揺れが激しくなっているのを考えても、この船は今まさにアウーガ島への難所を走っている最中なのだ。いくらカケラとて……波にさらわれて、海に放り出されたらひとたまりもない。
「おや……もしかして、ラウール君かい?」
「ウワッ⁉︎」
「ヒャッ⁉︎ も、もう! ラウールさん、いきなり大声を上げないでください。ビックリするじゃないですか……!」
「そ、それはこっちのセリフですよ。って……ヴェーラ先生ですか……。急に声をかけられたら、驚くじゃないですか。こんな状況のこんな場所で、何をしているのです……」
「こんな状況……? 別に何もしておらんよ。ただ、君のお兄さんの看病をしていただけだが」
「はい……?」
突如、背後から現れたのは……乗客のはずなのに、誰よりもメディカルセンターにお似合いな白衣を着た、同類のヴェーラである。その彼女によると……モーリスの船酔いは相当、悪化しているらしい。なので、彼女は医務室の一室でモーリスの面倒を見ていたそうだ。
「それ、よく捕まりませんでしたね……。今のこの船は、テロリスト達にシージャックされているんですけど……」
「そうだったのかい? う〜ん……だとすると、妙だな……」
「何がですか?」
「だって、私たちの所にはそれらしい奴らは来てないぞ? それ……何かの間違いじゃ……あぁ、どうだろうな。さっきの揺れからしても、もしかして……」
独り言にも近い妙な事を言いながら……勝手にカウンター内にあった端末を事もなげに起動すると、手慣れた様子でパスワードを入力するヴェーラ。そうして、何故かアッサリと航路のレーダー画面を呼び出すが……。
「……ヴェーラ先生。ここ、メディカルセンターですよね? それなのに、どうしてレーダー画像をこんな所で見られるんですかね? というか……なんで、あなたがこの船の端末のパスワードを知っているのです」
「教えてもらった」
「はい?」
「いや……ちょっと医務室にある薬に興味があってさ。色々と調べたいし、見せて欲しいって頼んだんだけど……」
当然ながら、最初はキッパリと断られたらしい。しかし、ヴェーラはかなりタチの悪い研究マニアである。彼女が訴えた手段は色仕掛け……なら、まだ穏便に済んだのだろうが。彼女の弁を聞く限りでは、間違いなく脅迫だろうと思われる方法を用いて、職員から端末のパスワードまでを聞き出したのだという。しかも……。
「ソーニャも手伝ってくれてね。彼女もダーリンのために、一生懸命だったんだろうけど……かなり貴重な薬を出してもらった上に、一番いい場所のベッドも使わせてもらったわ。いや〜……本当、豪華客船のクルーっていうのは、みんな優しいのね〜。ま……こいつを見せれば、みんな優しくならざるを得ないか」
明らかに物騒な事を言いながら、彼女が白衣のポケットから取り出したのは、これまたどう頑張っても物騒な薬品。その脅す気満々の字面に思わず、さぞ怖かっただろうと……ラウールさえも、彼女の毒牙にかかったクルーに同情してしまう始末である。
「どうして、塩酸なんか常備しているのです……」
「こいつは塩酸リモナーデの調合用なんだけど……ま、護身用の意味合いの方が強いかしらね。これ程までに有名で、いろんな意味で効果抜群の薬品もそうそうないから。スマートに毒殺が私の信条なもんで」
そんな信条、あってたまるか。
内心でそんな事を突っ込むラウールとキャロルの一方で……間違いなくハッキングしていると思われる情報を見つめながら、シージャックの事実を今更悟ったらしいヴェーラ。そのあまりの大胆さと無頓着さに……いよいよ、既視感どころではない目眩を覚えるラウールだった。




