クリスマスキャロルはエグマリヌの船上にて(7)
幸いにもキャロルと離ればなれになる事は避けられたが、放り込まれた部屋の顔合わせに……非常に気まずい気分にさせられるラウール。なぜか、自分達と同じ空間に怯え切った国王一家(マティウスと息子2人に、娘3人)が居合わせている上に、選りに選って肝心のモーリスやソーニャは別の部屋にいるらしい。しかし……その顔ぶれがタダの気まぐれではないことも察知して、ますます嫌な予感を募らせる。と、言うのも……。
(人質として最も有効なカードを置き去りにしているとなると……)
彼らの狙いはブランネルの方だろうか? 相手の目的はまだ分からないが、こんな所へご丁寧に国王を転がしている以上……マティウスには用がない、ということなのだろう。しかし、かと言って……ブランネルはマティウスよりも更に公的な立場が弱いはず。
そんな事を考えながら、誰よりも強力なカードがその場にいない事にも気付いては……ここは1つ、確証を得るための聞き取り調査でもしましょうかと、ラウールは思い切って見張りに話しかけてみる。
「……あぁ、すみません。そこのお兄さん」
「あ? なんだ、ティキート。トイレなら我慢しな」
「いいえ、そういう訳ではないのですが……この船、今はどこに向かっているのかな、と思いまして」
「お前らには関係のない事だ。殺されたくなければ、大人しくしていろ」
取り付く島もなし……か。しかし、妙なその言葉使いに1つの手がかりをしっかりと見出すラウール。小馬鹿にしたような台詞回しを聞くに、彼はとある亡国の兵士なのかも知れない。そうなれば……いよいよ、彼らの交渉相手がブランネルではない事を確信する。
「関係ないはず、ないでしょう。先ほどの揺れからするに、急に面舵を切ったものと思われますが……当初の航路は西側に広がるヴォカレア諸島の周遊だったはずです。予定を勝手に変更されたら、困ってしまうではないですか」
「あぁ? お前……さっきから、うるさいぞ⁉︎ そんなに頭を撃ち抜かれたいのかッ?」
「いいえ? ですけど、その古めかしいショットガンの様子ですと……あなた達は旧・シェルドゥラの兵士さんですか? あぁ、あぁ……そんなお粗末な武器しかないなんて。そちら様は余程、切羽詰まっているんですね」
「な、なんだと……? おい、お前……それ、どういう意味だ⁉︎」
「だって、そうでしょ? 東側への急転換をした先に浮かんでいるのは、美しい群島ではなく、荒廃したアウーガ島ですもの。なるほど……あなた達の大切なティキートを解放させる気ですね?」
「……!」
きっとこの船のベースがシェルドゥラの戦艦だったのが、仇になったのだろう。ラウールが当てずっぽうで口にした目的地……アウーガ島は別名・監獄島とも呼ばれる、断崖絶壁が連なる絶海の孤島である。そんな自然が作り出した荒凉な孤島には、いかなる手段を以ってしても脱獄不可とまで言われる堅牢な刑務所が聳えており、そこに収容されるのは凶悪犯の中でも、特殊な条件で選り抜かれた極悪犯の受刑者のみ。その概要は、同じ凶悪犯を収容していたはずのクロツバメ刑務所とも、事情が異なり……アウーガ島は受刑者の精神をへし折る目的で建造された、大陸(実質の立地は島だが)最凶の軍事訓練施設でもあった。
そんな恐怖の孤島への航路には、常に荒れ狂う海流が横たわっている上に、暴風雨やサイクロンの発生率も異常に高い。だからこそ、危険な障壁を超えるのにタダのサラブレッドではなく、重量級のペルシュロン並みのパワーが必要となったため、こうしてありがたくも無い白羽の矢を立てられてしまったのだろう。そして……。
「この船はきっと……元々はあなた達のものだったのでしょ? だから、こうも簡単に制圧できたんでしょうね。地の利を取られている以上、平和ボケしている俺達にはなす術もないはず……なのですけど」
「さっきからベラベラと……! まぁ、いいや。1人くらい……予告前に殺しても、問題ないか。どうせ、長くてもリミットは2日しかないんだし。お前らは全員、あの世行きは確定だしな!」
「おや、そうなのですか?」
それは非常に困りますね……と、素気無く立ち上がっては、自分に向けられた銃口を塞ぐように、フラワーチルドレンよろしく人差し指を添えるラウール。そうして、お得意のデビルスマイルを向けながら……意地悪な賭けを提案してみる。
「よろしければ……せめて、無関係な方達は解放してあげてくれませんかね。もし、お願いを聞いてくれるのなら、あなたの五体満足は保証しますよ。だけど……このまま、そのガラクタを使ってみなさい。きっと吹き飛ぶのは俺の指ではなく、あなたの方だと思います。さ……どうします? このまま度胸試し、してみますか?」
「はぁっ? お前……何、言ってるんだ? そこまで言うんだったら……やってやろうじゃないか。その邪魔くさい指を吹き飛ばした後は、頭を撃ち抜いてやるぜ!」
きっと彼自身は初犯なのだろう。銃の構え方も微妙なら、興奮の震えも止まらない様子。そんな初めての引き金の感触に、高揚感と開放感も絶頂と……躊躇いもせずカチリと指を引くものの。その瞬間に木霊する破裂音と一緒に吹き飛んだのは、玄人の人差し指ではなく初心者の腕の方。逆戻りして、暴発した弾丸の威力は……彼の五体満足を一瞬にして奪うほどに、惨たらしいものだった。




