クリスマスキャロルはエグマリヌの船上にて(6)
「ほんの少し番狂わせがありましたが……まぁ、この後は自由にしていていいはずです。それに……」
「はい、月がとっても綺麗ですね……」
【ミカヅキもなかなかオツなもんだな。これはこれで、いいカンじだ】
ブランネルとマリオンをそれぞれの部屋に見送った後、ようやく船上の非日常的な空気を心ゆくまで味わおうと、2人と1匹で甲板に出れば。昼間とは明らかに違う静かな細波の音が、逆撫された神経を慰めるようで、とても心地良い。真冬ともなれば、外はヒンヤリと肌寒いものの。そのお陰で星も鮮明に輝いて見えるし、人出もまばらで彼らを邪魔する者もない。そして、何より……。
「……寒いですか、キャロル」
「えぇ、少しだけ。でも……こうして一緒にいれば、ちょっと暖かい気がします」
(あぁぁぁ……! こんなお言葉をいただけるなんて……船に乗って、本当に良かったです……!)
自分から身を寄せることはあっても、今まで彼女からくっついてくる事なんてなかった気がする。そんな初めての歩み寄りに……思わず、心の中でガッツポーズをするラウール。もちろん、表面は平静を装って澄まし顔を繕うが。すかさずジェームズが囃すのを聞くに、どうも彼の心の声は完全に筒抜けらしい。
【……ヨかったな、ラウール。キャロルからくっつくなんて、カンドウテキなコウケイ……いや、キセキのシュンカンか?】
「……そこで、奇跡とか言わないでくれますか。これは必然です、必然。全く……ジェームズは本当に、意地が悪いのだから」
【ジェームズはダタ、ショウジキなカンソウをノべただけだゾ?】
そこまで言いながら、嬉しそうに犬のクセに器用に口笛まで吹き始めるジェームズ。その様子に、どこまで彼を犬扱いして良いのか、いよいよ分からなくなるが。ここはやっぱり、人に見られるのが都合が悪い部分も含めて……彼は丸ごと犬だと割り切ろうと、ラウールは考える。
「……それにしても、この船……今はどの辺りにいるのでしょう?」
「えぇと、航路は2泊3日だったと思いますが……確かメルティアを出港した後は、ルドア海峡を越えた先のヴォカレア諸島をグルリと回って、帰港予定だったかな。だから……この時間だとそろそろ、ルドア海峡を抜けるところでしょうか?」
メルティア湾は大陸が出来上がった時にはまだ存在していたらしい、巨大氷山が溶けた跡だとも言われ……大きく深い内海を持つ湾である。その不思議な形状もあり、メルティア湾を囲む陸地部分は「Le premier croissant」……三日月と名付けられていた。
そんな長い腕を持つ三日月の指先はメルティア港からでもかなり遠く、ルドア海峡までの航路だけでも……諸事情により、船足がゆっくりなせいもあるだろうが……何だかんだで、既に半日もかかっている。
「まぁ、意外と短いのが不幸中の幸いでしょうかね。この状況で船に缶詰では……俺もそうですが、流石の白髭も持たないでしょう」
【それは、イえてるな。アニウエはムカシからランボウだったし、ナニかとチチウエもナヤんでいた。それでなくても……あぁ、このヘンはカクショウもないから、クワしくはイわないが。とにかく……アニウエはマワりのアイテゼンインを、カソウテキにしたがるブブンがあってな。……ジェームズイガイで、フツウにイきていたのは、ラインハルトとテオくらいだったが……ラインハルトは、ロンバルディアをスててデてイった。で、ジェームズはこのザマ……テオはシんだ。だから、イマのロンバルディアには、アニウエイガイにオウザをツぐモノもいない】
詳しく言わないがと、但しを入れるものの。ジェームズの暴露には、かなりのヒントを含まれている気がする。突如語られたジェームズの内輪話に、ラウールとキャロルが面食らっていると……いよいよ、ルドア海峡を抜けるポイントに差し掛かったらしい。両端に聳える灯台の煌めきを目印に、船がスピードを上げ始める。
おそらく、この部分は潮流の勢いも強いのだろう。今までの優雅なトロットからは想像できないほどのギャロップへとスピードを上げると……あっという間に2塔の灯台を背後へ抜き去った。
「おや。やっぱりこの船は優雅な顔をしていても、中身は荒々しい戦艦のようですね……。先ほどのギャロップはお世辞にも、上品とは言い難い」
「そうなのですか? ……それじゃぁ、元々はこの船……って、キャッ⁉︎」
「……い、一体……何事ですか、今の揺れは⁉︎」
戦争で使われていたのでしょうか……と、キャロルが言葉の最後までを紡ぎ出す前に。邪魔する者もいないと思っていた素敵なランデヴーを乱すように、船足を落とすこともなく……今度はギャロップのまま急旋回し始める元・戦艦の豪華客船、エグマリヌ号。優美な名は何の冗談かと思える程に、エグマリヌが野蛮な本性を見せ始めたのには、それなりの理由があった。
豹変に伴う咄嗟の振動に、しばらく伏せるラウールとキャロルに向けられていたのは……見上げればますます不気味に光る、厳つい銃口。そして、制服はそのままに、いかにもな目出し帽を被った乗組員にしてやられたと思いながら、男が示すままに手を上げるラウールとキャロル。もしかして、この状況は……。
(これ、まさか……シージャックというヤツですか?)
「……そう、手を後頭部に回して……ほら、立て!」
「さっさと歩けよ、このグズが!」
……グズ、ね。だとしたら、そちらのグズ加減も大概だと思いながら……1人逃していることに気づいていない3人組に辟易しつつ。まんまと闇夜に紛れた隠し玉を台無しにしないためにも、ここは大人しく従うことにするラウール。
この場で伸してしまってもいいのかもしれないが、相手の人員構成と手の内が分からない以上、多少は様子を見た方がいいだろう。そんな事をそれこそ「以心伝心」で頷き合いながら……いつになく大人しく連行される、大泥棒と相棒だった。




