クリスマスキャロルはエグマリヌの船上にて(5)
自身は非常に気乗りはしないが、キャロルが楽しそうにしているのを見つめるのは、悪くない。そんな事を考えながら、足元で退屈そうにしているジェームズの頭を時折、撫でてやりつつ。歓談の様子を見守っていると……マリオンが何かに気づいたらしい。キャロルの左手の輝きを認めては、当然の質問を投げてくる。
「そう言えば……ラウール様。失礼な事をお伺いしても、よろしいですか?」
「えぇ、構いませんよ。どうしました、マリオンさん」
「ラウール様とキャロルちゃんって、どのような関係なのでしょうか? 以前にお会いした時は確か、保護者だとお伺いしていた気がしますが……」
「あぁ、その事ですか。まぁ……確かに最初は保護する形で、とある場所から引き取ったのですけど。こうも美しく成長されては、俺の方も放っておけなくなりましてね。具体的な話はまだですけど……一応、結婚予定ではあるのです。そうですね……来年の6月あたりに挙式できればいいなと、考えています」
「まぁ、そうでしたの? ふふ、最初にキャロルちゃんにお会いした時は、可愛らしいお嬢さんだとばかり思ってましたけど……じゃぁ、その指輪はもしかして、婚約指輪かしら?」
「はい……。その時はマリオンさんにも来てもらえるといいな……なんて、思います……」
「えぇ、是非に呼んでくださいな。ご要望とあれば、何曲でも歌って差し上げますわ」
「本当ですか⁉︎」
デザートのザッハトルテにフォークを落とすのもそこそこに、感激したように頬を染めては、嬉しそうに微笑むキャロル。きっとマリオンの方も、冗談でも嘘でもなく……本心でそんな提案をしてくれたのだろう。こちらはこちらで、とても嬉しそうに美しく頬を染めている。それはさておき……。
「……さっきからニヤニヤと気色悪いですよ、爺様。言いたい事があるのなら、ハッキリ仰ったらどうなのです」
「ムフフ。だって、あのラウちゃんが……婚約だなんてのぅ。余はてっきり、ラウちゃんは結婚できないものだと思ってたもんじゃから。コノコノ、憎いのぅ〜!」
「……お願いですから、脇腹を突くのは止めてください。いいんですか? 折角、デザートをお譲りしようと思っていたのに。そんな事をして」
「あっ、そうなの? ラウちゃん、ケーキ食べないの? じゃったら、遠慮なくいただいちゃうとするかの!」
生憎と満腹ですから、遠慮なくどうぞ……そっけなく答えて、ラウールが自分のケーキの皿を差し出そうとしたところで、いつの間にかブランネルの横に仰々しい正装の紳士が立っているのにも気付く。険しい面影はラウールとしては直接初めて会うにしても、見忘れたとは言わせないとばかりの表情で……異様な威圧感を醸し出していた。
「……父上、こんな所においででしたか。どうして、一般客用のラウンジにいるのです。折角、最上級のお席を用意してあったというのに……」
「あちゃ〜……見つかっちゃったか……。すまんの、マティウス。そうは言われても、余はラウちゃんと一緒が良くての。こっちじゃったら、可愛い孫と遠慮なくお喋りもできるし、ラウちゃんも優しくケーキを譲ってくれちゃったりするし」
「……ケーキが食べたいのなら、そうおっしゃって下さればよろしい。それに孫でしたら……そちらのラウール君じゃなくても、アレンにラザートもいるではありませんか」
アレンにラザート……。確か、マティウスの第1王子と第2王子……だったか。王妃は体調不良もあり、こういう場にもまず出てこないが。アレンは婚約適齢期を過ぎているという事で、何かに焦るように華やかな場所には必ず出席していると聞く。だとすると……。
(あぁ……俺は完全に邪魔でしょうねぇ……。婚約相手にはならないにしても……)
同じ孫のはずなのに、肝心のブランネルに蔑ろにされているとあれば、面白くもないだろう。しかも、アレン達の方はブランネルの血を引く正当な孫である。その事実に、白髭様の奇行には理解できぬと、首を傾げたりもしたのだが。この様子を見れば、一目瞭然と……理由を鮮やかに悟るラウール。
おそらく、ブランネルはマティウスを始め、現国王一家が苦手なのだ。だから、今回は護衛という名の相手役をヴィクトワールが引き受け、ブランネルは気ままに船旅を楽しもうとしていたのだろうが……。運悪く、とうとうマティウスに見つかってしまったのだ。
「差し出がましい事を申し上げるようで、恐縮ですが……ご覧の通り、こちら側の食事は済んでおります、マティウス様。いくら食欲旺盛な爺様とて、これ以上のお食事は難しいでしょうし……十分な食休みも必要かと。今宵はこちらに譲っていただけませんか? 俺からも、明日は必ずそちらにお邪魔するように、言い含めておきますから」
「……ふん。まぁ……それもそうか。だったら、父上。明日の夕食にはスカイデッキまで必ず、お越しください。息子達も父上に会いたいと申しては、ご一緒できるのを心待ちにしておりますので。……では、失礼する」
丁寧な態度ではあるものの、ライバルの牽制も忘れていない熱い眼差しに……つい、挑みかかるように睨み返してしまうラウール。そんな思いもよらぬ鋭い緑色の瞳に、やや気圧された様子を見せながらも……国王としての威厳を忘れるつもりもないのだろう。背後に恭しく控えていた黒服のガードマンらしき男3人に声をかけつつ、マティウスが撤収していくが。張り詰めた空気感も忘れずに持ち帰って欲しいと、ラウールはその背中を見送りつつ……やれやれと首を振る。
「……すまんの、変に緊張させてしもうて」
「いいえ……大丈夫ですわ。それにしても……」
「ブランネル様、酷い汗ですよ。さ、これを使ってください」
今日2枚目のハンカチをキャロルから受け取って、汗と一緒に緊張感も拭き取るブランネル。そして、安心したついでに……情けない本音をポロリと溢す。
「あぁ、怖かったのぅ。フムゥ……あれで余の息子なんじゃよなぁ、マティウスは……」
「まぁ、爺様とマティウス様は性格も政策も正反対だと言われていますからね。それに……あの調子では、爺様じゃなくても苦手意識を持つのは、当然でしょう。隙がないというか、得体が知れないというか。何せ、あの威圧感です。わざわざ3人も侍らせて圧迫感を盛らなくても、ご本人様だけで十分でしょうに」
「アハハ、ラウちゃんは相変わらず、怖いもの知らずじゃの。……余はたまに、マティウスが怖い事があっての。もちろん、何かするとか、悪い奴だとか……そんな事を言うつもりもないんじゃが。あやつはたまに、手当たり次第に怒り出したりする癖あっての。……こんな所で白状しちゃうと、ヴィクトワールに怒られちゃいそうなんじゃけど。プリシラちゃんの不調はどうも……マティウスの癇癪が原因みたいじゃの……」
プリシラちゃん、と気軽にブランネルは言ってくれるものの。プリシラこそマティウスの妃であり、アレンとラザートの母である。そして、その王妃はマティウスの気性の荒さに心労が絶えないのだろう。となると……。
(なるほど……先ほどの態度は十分お静まりになった状態だったのですね。そのあたりはきっと……)
ブランネルその人がいたから、まだ穏便に済んだのだ。無論、いくら癇癪を起こしたとて、暴力を振るったりはしないだろうが。国王を怒らせたとなれば……最悪の場合、断絶か爵位剥奪になりかねない。
(これはまた、結構な難物が乗船してますね……。本当に、何も起こらないといいのですけど)
ブランネルとは対照的な理由で周囲を黙らせる威光を放つ、国王・マティウス。そんな爆弾を抱えていて、この船旅は大丈夫なんだろうかと、自身の旅路に波乱を見出しては……船酔いではなしに、俄かに頭が痛むラウールだった。




