クリスマスキャロルはエグマリヌの船上にて(4)
夜くらいは、静かに過ごしたかったのだけど。キャロルも楽しみにしている様子だし、これ以上文句を垂れるのは却って格好悪い。
そうして、夜会のドレスコードに合わせるべく……一旦自室に引き上げて、着替えと準備をするが。その合間に、忘れずに特殊道具を渡しておこうと、深いネイビーのドレスに着替えたキャロルに、トランクから取り出した小瓶を手渡すラウール。
「キャロルにも、こいつを渡しておきましょう。早速、使う羽目になりそうですが……使い心地は悪くありませんから、変な心配はしなくていいですよ」
「ラウールさん、これ……目薬ですか?」
仕方なしにディナーショーをご一緒する約束をしてしまった以上、隠蔽工作は必須。キャロルの瞳も自身の瞳と同じように、変色性を持つともなれば。彼女にも特殊な体質を隠す術を持たせておくべきだろう。
「そいつはヴェーラ先生特製・瞳の色変わりを防ぐ目薬です。キャロルも瞳の色が変わるようですから、部外者と夜間に会わなければならない場合は、それを使ってください」
【そうイえば、ラウールもメーニックのトキはメのイロ……ミドリのママだったな。そうか、これをツカっていたんだな】
「えぇ。とは言え……キャロルは俺と違って、周囲の明るさに左右されるわけでもなさそうですので……おそらく、クリムゾンが出しゃばった時に変化するのでしょう。以前は夕刻を迎えれば赤に変化すると思っていましたが……どうやら、その限りではなさそうですしね」
「そんな事、今まで気にも留めませんでした。そうですか……でしたら、きちんと気を付けないといけませんよね。だって……フフフ。これからはクリムゾンとして、駆け回ることもあるのでしょうから」
ソーニャからキャロルが仕込まれたのは、どうも淑女としての嗜みだけではないらしい。オペラ観劇にショッピングの楽しみ。そして、このあからさまな変身願望。とは言え……最後の1つは自身も捌け口にして鬱憤晴らしをしている部分もあるので、彼女にだけ禁止するのはあまりにアンフェア。そこまで考えて、その通りですと肩を竦めて見せれば。クスクスと笑い出す彼女の様子に、これはこれで悪くないかと、ラウールも考え始めるのだった。
「……そう言えば、モーリスさんは大丈夫かしら?」
「大丈夫だと思いますよ。そろそろ、流石にソーニャも気付いていると思いますし……先ほど、船内電話でヴェーラ先生にも薬の調合をお願いしておきましたから」
白髭様に振り回されながらも、しっかりと兄のフォローもこなしては……ここぞとばかりに、得意げな顔をし始めるラウール。本人はきっと、デキる自分をアピールしているつもりなのだろうが……。あまりに間抜けな威張りっぷりに、この妙な子供っぽささえなければ、完璧なのにとキャロルもジェームズも思ってしまう。
「ところで……ラウールさん」
「うん?」
【そのヴェーラ、ってナニモノなんだ? ラウールもズイブンとシンライしているようだが】
「あぁ、その事ですか」
キャロルとジェームズには、ヴェーラは腕利きの調剤師だとしか説明していない。普通の状況であれば、その説明だけで事足りるだろうが……先ほどの目薬の効果からしても、明らかに相手は普通の病院勤めではないことくらいは、すぐに分かることでもあった。
「ヴェーラ先生はアクアマリンの核石を持つカケラでして。70%程の性質量を持つ宝石でありながら……アクアマリンの特性上、非常に脆い部分がありましてね。それで、失敗作と放り出されたのを、王立病院の研究主任でもあったウィルソン先生が引き取ったそうです。本当はこちら側で狩人になる道もあったようですが……きっと、自分には向かないと思ったのでしょう。そうして、ウィルソン先生の元で医学を学ぶ選択をした結果、先ほどの目薬や、白髭の元気の源でもある薬草ドロップを作り出す程の調剤師として、今では彼のご自宅で薬局を経営されていますよ」
【オウリツビョウイン……あぁ。チチウエがカケラのためにツクった、ビョウインだったな】
「その通りです。あそこは表向きはオピタル・ジェネラルですが、実際には最奥にカケラの研究機関と医療施設、そして療養施設を併設していました。一部の設備はヴランヴェルトに移管されていますが……今でも、彼女達の緊急搬送先として機能しています」
そこまで説明すれば、ヴェーラがいかに優秀な調剤師であり、ウィルソンと言うこの上ない理解者を得た申し分ない境遇に身を置いているように聞こえるが。……実際は、そこまで単純ではないとラウールは嘆息する。
それもそのはず、ヴェーラはソーニャとは違った方向性に暴走する研究マニアである。ブランネルは彼女も一括りで「ミーハー」だと分類していたが。ヴェーラのそれはミーハーとはある意味、真逆の研究熱心さからくるものであり……食事だろうが、何気なく置いてある観葉植物だろうが。彼女は薬に関連しそうなものがあれば、気になったもの全てを調べ尽くしてしまうという悪癖がある。そして一度スイッチが入ったらば、最後。ソーニャ等、目じゃない程に大騒ぎし始めるので……ある意味、まだ若気の至りで済みそうなソーニャよりもタチが悪い。
そんな黙っていれば知的な美女でもある、ヴェーラの相方……抑止力ともなり得るウィルソンが不在なのは、少しばかり頭が痛い現実でもあった。




