クリスマスキャロルはエグマリヌの船上にて(2)
(なんで、こんな事になったのでしょう……)
ドアに仕込まれていた素敵な「クリスマスプレゼント」を見つけたキャロルは、それはそれはもう大喜び。彼女のはしゃぎ様に、ラウールも船に乗らないとは言い出せず……あれよあれよという間に、ブランネルの思惑通りに事が進んだ結果。こうして磨き上げられた甲板から、どこまでも続くブルーをラウールは憂いまじりで眺めていた。そもそも……。
(どうして、こんな豪華客船がロンバルディアにあるのでしょうね?)
ロンバルディアは大陸の中心に位置する、内陸国。規模こそ大きいが国内には港を持たず、陸軍と空軍はあっても自前の海軍は存在しない。そんな事情もあり、これだけの大型船舶を誕生させる造船技術はなかったはずなのだが。
(……この辺りは、最近景気が良いらしいノアルローゼ様の献上品でしょうか……?)
ノアルローゼはロンバルディア四大侯爵家のうちの1つで、4家(今は実質2家になりつつある)の中でも殊更、実力で財力を蓄えてきたかなりの名門である。
ブランローゼが王族由来の威光を輝かせれば、ノアルローゼは騎士由来の威厳を見せつける。かつて騎士の名門・ヒースフォート家を傍系から輩出しただけあって、ノアルローゼはその揺るぎない自信もあるせいか……何かと強硬路線で突っ走っては、喧嘩っ早いのが特徴だ。
そのため、貴族にありながら日和見もしなければ、他の貴族の出方を窺うこともない。それでなくても、ヴィクトワールが初の女性騎士団長として就任する以前の歴代団長達は皆、ノアルローゼの縁者のみだった。ヴィクトワールの抜擢がノアルローゼにとって、どれだけの汚点になるのかは、部外者のラウールには想像もできないが。今でも軍部の中将クラス以上は全員ノアルローゼ出身だと言うのから……そんな環境でさえも、平然としていられるヴィクトワールの鋼の精神には恐れ入る。
(だから、変な胸騒ぎがするんですよねぇ……。しかも、この船のベースは戦艦でしょうし……)
磨き上げられて手入れも抜かりのない甲板に、美しいアクアブルーで統一された優美な内装。その上、さりげない装飾にさえもロココ調のモチーフを散りばめては、いかにも豪華客船の表情をしているが。クルーズ船さながらの遊覧を主眼にしている割には、荒波を物ともせず高速で駆け抜けるシャープなフォルムは不自然極まりない。
船上にとってつけた様に増築されたと思われる客室も、どこか胡散臭い香りを残したまま。更に、明らかに別の何かが収まっていたと思われる横腹の穴は窓にリフォームされ、これまた豪奢なラウンジや食堂に作り替えられているが……元々は物騒な鉄の塊が据えられていたと考える方が自然だ。
おそらく、ノアルローゼはメルティア湾を擁する旧・シェルドゥラの統治を任されたついでに、海上保安の土台も築き上げようとしているのだろう。そしてその事が、血の気の多い武闘派のマティウスに非常に好意的に受け入れられたのは、当然と言えば、当然だったのかも知れない。
そんな事情をまざまざと理解しては、青い海に更にため息を溢すラウール 。キナ臭い空気に折角のホリデーシーズンを台無しにされるのは、本当に御免被りたい。
「ラウールさん、大丈夫ですか? もしかして、船酔いですか?」
「いいえ、そうではないんですけど。俺はこういう空気は本当に苦手なものだから。それでなくても……何だかイヤな予感がして落ち着かないんだよね。……ところで、キャロルは大丈夫? 船に乗るのは、初めてなのでは?」
「はい、最初はちょっと慣れませんでしたけど……幸いにも、船酔いはしなくて済みそうです。ただ……」
「あぁ。あちらは結構、大変そうですね……」
【クゥン……(モーリス、イマにもシにそうだ……)】
キャロルに示されて、少し横に視線を投げれば。そこには自分と同じ顔を青ざめさせて、何かを必死に堪えているらしいモーリスの姿が目に入る。確かに彼らが受けた教育カリキュラムには海上の訓練は含まれてはいなかったが。それでも、鮮やかに戦闘機を駆る技術を持っている敏腕パイロットが、船に乗っただけで撃沈とは。あまりに情けない。
「酒には酔わないクセに、船には酔うんですね? 兄さん、大丈夫ですか?」
「う……ウプ……。だ、大丈夫……でも、ちょっと苦しいかな……」
「船酔いは揺れだけではなく、ストレスや睡眠不足も原因みたいですよ。兄さんは少し休んでいた方がいいと思います。よければ、客室までお見送りしましょうか? そのご様子ですと……ソーニャは別行動をとっているのでしょうから」
兄の背を摩りながら、そんな事を提案してみれば。いよいよ涙目になりながら、縋るような視線を寄越すモーリス。その様子に……ブランネルの思惑通りの何かとミーハーな花嫁に、やれやれと首を振る。
陸のヒースフォート城でさえ、あのはしゃぎ様だったのだから……舞台がロマンチック度全開の豪華客船ともなれば、彼女の乙女趣味の勢いを想像するのは、非常に容易い。そんな事情も飲み込んで、いよいよホリデーシーズンが台無しになりそうだと……もう一度、改めて嘆息するラウールだった。




