スペクトル急行の旅(8)
「本日は当スペクトル急行にご乗車いただき、誠にありがとうございます。私はガルシア・ルーシャム……この列車のオーナーであり、ルーシャム公国の当主にこざいます。今宵はこうして、素晴らしいゲストの皆様と、我がスペクトル急行でご一緒できることが何にも変え難い幸運にも思えて……本当に、夢のようであります! このスペクトル急行は、明日の午前中にキシャワに到着予定でして……それまで短い間かとは思いますが、引き続き列車の旅をお楽しみいただければと思います。どうぞ、よろしくお願いいたします」
歓談もある程度進んだところで、当主様自らが締めの挨拶を述べると、割れんばかりの拍手が食堂車に鳴り響く。仕方なしにその場に合わせ、ラウールも一応手元では喝采してみるものの……彼の挨拶は非常に不味いと、苦々しい思いをしていた。
それとなく確認してきた招待客リストには、確かに正式にオルヌカン家も含まれてもいたが。それはつまり……彼はわざわざ商売敵をこの場に引き摺り出して、“我がスペクトル急行”を大々的に自慢しているに等しいということになる。ブランローゼ家のお供にグスタフが同乗していたのは想定外だったが、同乗者は各人1名となっていたのを見ても、この急行には余分な人員を乗せるだけの余裕はないのだろう。
(それは要するに……護衛を乗せる余裕さえないのに、これだけのメンバーを見事に集められたということ。……爺様もそうだけど……他のメンバーもかなりの名家揃いだったし、この状況はオルヌカンにはさぞ面白くないに違いありません)
王家や貴族相手に自前の護衛抜きの乗車など、本来はあり得ないことだが……それでもこうして皆が居合わせているのには、この特急が噂の新型車両だからだろう。出発が成り行き任せでラウールには下調べをする余裕もなかったが、乗務員から聞き出した話だと、この列車は蒸気機関ではなくスペクトル鉱という特殊鉱石を原動力にしているということだった。馬力も持久力も桁外れのスペクトル鉱を用いれば、高山ルートでもスムーズに走行可能とかで……それこそ、従来であればアップダウンの激しい線路を辿っている列車の個室でチェスに興じるなど、考えられなかったことだ。
そして、スペクトル鉱石はまさに、今この急行が走っているメベラス山脈から産出されたもので、当然ながらその半分を領土に含むオルヌカンでも、生産は可能な鉱石でもあった。にも関わらず、ルーシャム側の方だけがこうして列車を走らせているということは……暗に、技術面における実力差を鮮やかに見せつけているということに他ならない。
(俺がオルヌカン側でしたら……この状況は間違いなく、不愉快でしょうねぇ。そして、このまま突き進めばきっと、観光産業は根こそぎルーシャムに喰われてしまう。だとすれば……そうなる前に、輝きを損なえば良いということになりますが……)
商売敵の妨害をすることを考えた上で、この場で即座に実行できることといえば……何かしらのアクシデントを起こして急行そのものにケチをつけることだろう。そのケチの付け方が穏やかなものであればいいが、先ほどの様子を見ても、そうはならない気がする。
どうやら……今夜はゆっくり眠ることも許されないようだ。




