クリスマスキャロルはエグマリヌの船上にて(1)
そろそろ日が落ちようかという、夕暮れ時。白い息を吐きつつ、ステップを刻む馬蹄の音も高らかに。街道を進む馬車の窓に広がる街は、暗くなり始めた背景をありったけ輝かせましょうと……まるでライトアップしたクリスマスツリーのようにキラキラしては、賑やかに浮かれている。
しかし、そんな楽しげな街をあろう事か素通りして、馬車が止まったのは……一時の盛況も嘘のように、ひっそりと街外れに佇むアンティークショップ。その静けさは相変わらずだが、寂れた様子を見せる店のドアに、去年は決してなかったはずのとある物を見つけて。街の浮かれ具合とは無縁だったはずのこの店も、今年はそれなりにクリスマスを楽しむつもりらしい事を予感しては……店主はともかく、同居人達であれば旅行のお誘いにも応じてくれそうな気がする。そんな事を考えてはブランネルは人知れず、ドアの前で頬を緩ませていた。
「いらっしゃいませ……って。また、白髭様ですか……。まさか、こんなシーズンに仕事の依頼ですか?」
「あぁ〜、もぅ。ラウちゃんは相変わらず、ドライなんじゃから。今回は仕事じゃないぞ? のうのう、ラウちゃん。ホリデーシーズンの間、寂しい爺様と船の旅をご一緒してくれんかの? もちろん……キャロルちゃんにジェームズも一緒で、じゃぞ?」
「船の旅ですか?」
もちろん、護衛は別に付けるし……と言ってみても。明らかに警戒心丸出しの孫は、この上なく渋ーい顔をしている。しかし、ここでめげたら折角の素敵な計画が台無しだと……やや強引に旅のあらましを説明し始めるブランネル。ご依頼の筋としては、国王・マティウス主催の船上パーティに誘われたとかで、お供にラウールを是非に……という事らしい。
「もちろん、モリちゃんにソーニャも一緒じゃ。そんでの。護衛はソーニャにお願いするとして……ドクターとして、ヴェーラにも来てもらう予定なんじゃが。しかし……ほれ、ソーニャもヴェーラも何かとミーハーじゃからの。万が一があったら、困っちゃうし……。ヴィクトワールはマティウス専属で乗船するみたいじゃし……」
「結局、仕事の話じゃないですか、それ。要するに、乙女趣味全開の彼女達では心許ないから、俺をガードマンに起用しようという事なのでしょ?」
「う、うむ……ま、そうなるかの。あぁ、もちろん。ラウちゃんはあくまでフォローしてくれるだけで良いし、じゃから……」
「イヤです。そんな七面倒臭い旅行に、誰が同行するものですか。大体……そんなにお供がしっかりいるのなら、ちっとも寂しくないでしょ。わざわざ俺を誘う意味が分かりません」
「む、むぅぅ……! し、仕方あるまい。ここは……」
「長期戦のC作戦はなしですからね。さ、キャロルが戻る前にお帰りください。それこそ、俺は白髭様が海上にいる間は心置きなく、この上ない程に心安らかなホリデーシーズンを楽しむことにしますから」
「あうッ! もぅ〜! ラウちゃんの意地悪、ケチ!」
ケチで結構……いつも通りの衰えを見せない白髭様のハイテンションに、眉間のシワを深めつつ。ラウールはいよいよ強引にブランネルを店の外に押し出して、ピシャリとドアを閉める。そんな店主の無愛想にはとても似つかわしくない鮮やかなクリスマスリースを恨めしげに見つめながら……閉め出されたなりに、ブランネルも負けじと次の手を考えては、ほくそ笑む。
長期戦のC作戦がダメなら、直接攻撃のC作戦。そうして、ジェームズの散歩に行っているらしいキャロルに宛てて……実は用意してあった招待状を懐から取り出すと。リースに下がっているベルにくっつけてみる。
(これで、よし……と。ムフフ! 全く、ラウちゃんも……似合わない事をするから、いけないんじゃ〜!)
これだけ目立つ場所にぶら下げてあれば、キャロルは間違いなく気付いてくれるだろう。獰猛で扱い辛い虎を飼い慣らしているのは、伊達ではない……そんな雇い主としての余計な本領を発揮して。結局は一枚も二枚も上手の飼い主の奸計に、屈することになるなんて……店の中で何も知らずにご機嫌を上向かせつつあるラウールには、知る由もないことであった。




