モン・ラパンとタイガーアイ(9)
「……ジェームズ、今回は色々とありがとうございました。それで……」
【ミナまでイわなくていい。コイビトドウシのケンカもジョウジも、マズくてクえたもんじゃない。だけど……】
えぇ、分かっていますよ。
そんな事を答えながら……手元のリングの石座にここぞとばかり、色っぽい輝きを収めつつ。ジェームズの手助けに対する、ご褒美の内容を提示するラウール。
ラウール自身もある程度、キャロルがコトを起こす事くらいは予想していたが。まさかソーニャの舞台衣装を借りて、そのまま向こうから出演するとは思ってもいなかった。だから彼女のお出かけを、俊足でジェームズが知らせてくれたからこそ……彼女をポッと出のデビュタント取られずに済んだと、ラウールもしかと自覚している次第である。
「ですので、ジェームズには好きなおやつを選ぶ権利と、ローストビーフを進呈します。それと……折角です。新しい寝床とマットレスも買いに行きましょう」
【ローストビーフもイイが、ゼヒにナマハムもタノむ。それにしても……ネドコはともかく、シキモノがヒツヨウなのか?】
「だって、ジェームズはフローリングを歩きづらそうにしているではないですか。それに、ホリデーシーズンに合わせて、温かい絨毯を買うのも一考でしょう。……どうです? 毛足の長い絨毯の上で、ぬくぬくと寝そべってみたいと思いませんか?」
【イイな、それ……。うむ、だったらキョウはサントル・コメルシィアルにおデかけか?】
「そうですね、そうしましょうか。キャロルが降りてきたら、出かけましょう。彼女にも色々と買ってやらないといけなものがありますし」
【ところで、キャロルはどうした? まだ、ネムっているのか?】
「えぇ、彼女はまだ夢の中ですよ。それはもう……グッスリと。昨晩は色々と遅くなりましたしね」
【フゥ〜ん……】
妙に含みのある彼の言葉を深く追求することもなく、何かを見透かすように瞳を細めるジェームズ。そうして最後に、ラウールが先ほどから一生懸命格闘している指輪の正体を尋ねる。ジェームズが大型犬ならではの体高を生かして、カウンターを覗き込めば。ラウールが大事そうに手元で磨き上げているのは、白銀の台座に2つの柔らかな色味の宝石が鎮座するリングだった。リング本体もそれなりの特注品なのか、石座は個性的な三日月を象っており、リングそのものにも細かく渦のような雲の模様が彫られていた。
【ラウール、これ……もしかして?】
「えぇ、そうですよ。キャロルに渡す婚約指輪です。ブルローゼ如きに渡すくらいなら、大事な相手に贈ってしまった方が、ピンクダイヤモンドも有意義というものです。しかし、石はパパラチア・サファイアだけにしようと思っていたものですから……こうして石座を増築することになりまして。でも、我ながらになかなかに良い出来です。俺のmon lapin……素敵な相棒に、とっても似合うことでしょう」
【……トラにウサギ、か。ま、イマとなっては……ウサギはちゃっかり、トラにクわれたアトみたいだがな】
結局、部屋を閉め出された事を愛犬は相当、根に持っているらしい。ジェームズがややお下品な事を言いつつ、虎と兎などといういかにもお誂え向きな関係性を口にするものだから、ここは彼女の仮面も新調しようかと考えるラウール。猫……ではなく、耳のフサが特徴的なカラカルのマスクは狩人達のトレードマークでもあるため、そのままでは苦手な同族の面影さえも思い出される気がして。……グリードとしては、非常にやり辛い。
(そうですね……この際です。相棒として一緒に満月の夜を満喫するつもりなら……彼女に相応しい装備を準備するのも、無駄ではないでしょうか)
ホリデーシーズンが明ければいよいよ、ヴランヴェルトでの講習会が始まる。あまり気乗りはしないが、ついでに雇い主に新メンバーの相談をしてみるのも悪くないかと、考えを改めるラウール。本当は、泥棒の助手の方は募集していないつもりだったのだけど。彼女の方も望んでくれている以上……歩み寄りを捨てるのは、あまりに勿体無い。
【おまけ・タイガーアイについて】
和名はそのままズバリ、「虎目石」。石綿に石英が定着することによって生まれる宝石でして。
褐色の虎のような色味からこう呼ばれるみたいですが、猫の仲間よろしく、加工によってはシャトヤンシー(キャッツアイ)効果を持つのも特徴です。
モース硬度は約7。
石言葉は「鋭い洞察力」、「商売繁盛」等。
処理によって色味が変わり、ブルーグレーであれば「ホークアイ」、アッシュグリーンであれば「ウルズアイ」……とカラーバリエーションだけではなく、お仲間の動物が多いのも面白い特徴ですが……。
なんとなくですが、そのお友達の多さも「商売繁盛の石」たる所以なのかな、と。
……って、お仲間はものの見事に肉食動物ばかりみたいですけど。
そんな石仲間達の顔ぶれに、統治者にしても、経営者にしても。
必要なものは、先見の明と力強さなのかな……と作者は勝手に思ってしまうのであります、はい。
【参考作品】
特になし。
くっつく、くっつかないと見せかけて、やっぱりくっつくんかーい!
……と、突っ込んでいただければ上々です。
キャロルの急成長の描写はこのためでもあります。……倫理的な意味でも。




