モン・ラパンとタイガーアイ(1)
「気分はどうですか、キャロル」
「……ご心配をおかけして、すみません。大丈夫です……」
「……そう。なら、いいけど」
家を長く空けると、ソーニャに怒られる……と、最後は慌てて帰って行ったモーリスを見送った後。1人と1匹でゆっくりと朝食を摂っていると、やや元気のないキャロルがようやく姿を見せる。思いの外、彼女の顔色が悪くないことに安心するものの、声色は沈下の一途を辿っている。そんな彼女に向かいの席を勧めては、珍しく自分でコーヒーのお代わりと彼女の分を用意してくるラウールだったが。それは間違いなく、彼の後ろめたい気分がそうさせるのであって、普段のラウールが持ち得る配慮では決してない。
「ラウールさん……」
そんなラウールの珍しい振る舞いに、不信感を募らせては……やや訝しげな眼差しを向けるキャロル。彼女の視線に、やっぱり昨晩の初舞台の演出は失敗だったと心算しては、ラウールも覚悟したように彼女の言葉の続きを待つ。
「……ラウールさん、どうして彼を止めなかったのですか?」
「どうして、って。それは仕方ないでしょう。彼は自分のやり方で自由を勝ち取ろうとしただけです。やり方自体には、俺も口出しはしてないよ」
「そうなのかも知れませんけど……でも、こうなることも、どこかで分かっていたのですよね?」
結末を分かっていたから、止めるべきだった……彼女の言い分はどうやら、そういう事らしい。だが、それは優しさを着込んだだけのワガママでもある。
確かに、グリードはその計画の幇助もしたし、経路のご案内もした。だが、計画自体は最初からモホークの企画でもあったのだ。グリードは彼の企画に後から乗って、ちょっとした共犯者になっただけ……ただ、それだけである。
「……君の言い分には所々、利己的なところがありますね。確かに、俺はこの結果をある程度、見越してもいましたし、彼が最初のヘマをしでかした時に、計画が失敗することも分かっていました。ですけど……これはあくまで、彼の選択の結果です。俺が口出ししようと、しまいと。彼の手には本物の自由が乗ることはなかったでしょう」
そう……偽物のキュービックジルコニアを手に取った時点で、モホークの手は偽物の感触を選び取ってしまった。取捨選択の失点はあくまで彼の知識不足によるものであり、準備不足が招いた結果でしかない。警察官の身分も偽物なら、怪盗紳士であることさえ偽物の肩書。そんな偽物だらけの彼の手に……本物が転がり込むことは余程の事がない限り、まずないだろう。
「キャロルが今、俺に言っていることは……その余程の事を齎せ、という意味です。有り体に言えば、彼の処遇は自業自得。今まで両親の言いなりになったまま、抵抗もせず。貴族である事を捨てる勇気も持てず。挙句の果てに……本物に許可なく名を騙っては、お粗末な計画で世間様を騒がせて。……これのどこに、俺が責められる理由があるのです」
「だけど……」
【……キャロル、それイジョウはやめておけ。ミヂカなアイテがツラいオモいをしているのを、ホオっておけないのはワかるが……このバアイはラウールがイっているコトもタダしい。キャロルのそれは、タダのゴウマンだ。ケイカクしたのも、それをジッコウしたのも、モホークジシン。ラウールがテイアンしたワケでも、ソソノカしたワケでもない】
そこまで店主と愛犬に言われれば、流石にキャロルも物の道理は飲み込めはする。しかし、飲み込めはしても……どう頑張っても、消化はできそうにない。理解はできても、納得はできない。それはワガママだと言われてしまえば、それまでだが。それでも、何故かモホークの身の上を心の底から案じては……焦燥感と違和感に、キャロルは目眩を覚えていた。
【作者より】
気がつけば350部とかなりの長編になってしまった気がしますが。
今回はちょっとしたヤマを仕掛けようかと思います。
とは言え、作者が「ドヤァ」と思っている割には盛り上がらない予定です。
……かなり前から、バディものにするつもりだったのですけどね。
それらしい伏線も仕込んであったのに、展開が遅すぎた気がします。
毎度毎度、行き当たりばったりで本当にごめんなさい。




