キュービックジルコニアの嘆き(16)
「……いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件で……?」
「えっと……キャロルさんに宝石を見繕っていただく約束をしていたので……」
「……左様ですか」
是非にお喋りに来て下さい、と言われたものだから……舞い上がったついでに、店の間取りの最終確認をしようかと足を運んでみたものの。店内にいるのは運悪く、恐れ多くも噂の大公様のお孫様のみ。モホークにしてみれば、既にラウールは色々な意味で完全に天敵である。
「そう言えば、キャロルもそんな事を申していましたね。えぇと……気になる方がいるので、贈り物を探しているのでしたっけ?」
「そ、そうなんです! で……キャロルさんは?」
「生憎と、今日は出かけていますよ。お気に入りの女優の新作マチネがあるとかで……今頃、一生懸命オペラグラスを覗いている頃でしょう」
「そうだったんですね……そっか。キャロルさん、いないんだ……」
「あぁ、ご安心ください。キャロルからもモホーク・ブルローゼ様のオーダーの件は聞いていますから。ご用向きからするに……そうですね。この場合はムーンストーンかローズクォーツ……あるいは、インカローズあたりがオススメでしょうか。どれも恋愛関連のパワーストーンですし、色味も女性好みでしょうから……振り向かせたい相手に贈るには、打ってつけだと思いますよ」
ガッカリしているのは、そこではないのだが。とは言え……昨日のご対面時よりは遥かに穏やかな態度で接してくるラウールに、少しばかり安息を覚えるモホーク。そんなモホークの安堵を他所に、アンティークショップの店主らしく、きちんとオススメ品を運んできては……ラウールが順番に宝石の説明をし始めるので、モホークも貴重な講釈をいただきつつ、しっかりと耳を傾ける。
「……どれも綺麗ですね……。だけど、う〜ん……彼女はどんな色が好きなんだろう?」
「おや。相手の好みも知らないまま、贈り物を選びに来たのですか?」
「そうなんです……。その部分も含めて、キャロルさんに相談しようと思っていたのです……」
本当は直接好みを聞き出して、ドレスと一緒に贈ろうかななんて考えていたのだけど。完全にアテが外れてしまったと、モホークがいかにも悲しげに嘆息する。そんな彼の重々しいため息の真意は到底、ラウールには伝わらないが。彼は彼でキャロルの好感度獲得がかかっている以上、面倒でも親身に相談に乗ってやったほうがいいだろうかと考え、やや打算的な思考回路でモホークのお悩みを掘り下げる。
「その方、どんな雰囲気なのです? 髪や瞳の色は?」
「えっと……綺麗な赤毛で、目はヘーゼル色。それで、とっても柔らかくて優しい空気を纏った女性なんです……」
「ほぉ。それはそれは。でしたら……この場合は、ローズクォーツがいいでしょうかね。柔らかくて優美なピンク色。主張しすぎないけれど、華やかさも備えていて……普段遣いにも、ぴったりでしょう」
「あぁ、言われてみれば確かに……。ところで、ラウールさんは同じような状況だった場合、どんな宝石を贈るんですか? 例えば、キャロルさんに贈り物をする時とかは?」
「……妙な事をお聞きになるのですね。まぁ、いいか。そうですね……俺がキャロルに宝石を見繕うのなら、やっぱりルビー……あぁ、いや。違うな……。キャロルにはピーチピンクが似合いますから、パパラチア・サファイアの方がしっくり来るでしょうか……」
「パパラチア・サファイア?」
何の疑いもなくキャロルの好みを暴露したついでに、聴き慣れないサファイアの名前を口にするラウール。そうして、折角ですからと……カウンター奥の鍵付きショーケースの中から不思議な色味の宝石を持ち出しては、モホークにも示して見せる。
「……これ、サファイアなんですか?」
「えぇ、そうですよ。サファイアと言えば、青を連想されるでしょうが……こいつはファンシーカラーサファイアと呼ばれる、歴としたサファイアの仲間です。因みにファンシーカラーの中でも、このパパラチアは非常に希少性の高い宝石でして。……こんなに小さな石でも、そちらのローズクォーツの20倍ほどの金額です」
「えっ……」
目の前で控えめに鎮座している小指の爪よりも小さな宝石は、確かに夕焼け色とも薔薇色とも取れない、不思議な色をしているが。ちっぽけな大きさの割には、キャロルに伝えていた予算……銅貨20枚ほど……から大幅に足が出るのは、間違いなさそうだ。
「このお店には、本当に色んな宝石があるんですね……。こんなに貴重な宝石が並んでいたら……いくら偽物とは言え、怪盗紳士が狙うのも無理はない気が……」
「どうでしょうね。正直なところ、今回はたまたまピンクダイヤモンドがある事が露見してしまったから、変な奴に目をつけられただけで……この店の全ての宝石の価格を合算しても、中央街のハーストのそれには到底及ばないでしょう。本当に……なんで怪盗の名前を騙ってまで、うちに狙いを定めたんでしょうねぇ……」
そんな事はどうでもいいか。やや投げやりに呟きながら、最初に並べられた3つの宝石を示して、いかが致しますか……と、改めてモホークに尋ねるラウール。一方で、気難しいらしい店主からそれなりの情報収集ができたと考えては、とりあえず冷やかしは良くないだろうと、オススメ通りにローズクォーツの購入意思を伝えてみるモホーク。
「お買い上げありがとうござます。少し待っていて下さいね。贈り物用にお包みするのと……鑑別書をお持ちしますので」
「は、はい……! 是非、お願いします……」
ローズクォーツのペンダントを清めた後にきちんと化粧箱に入れ、ラウールが洒落た色味の包装紙とリボンとで器用に贈り物をラッピングしていく。その鮮やかな手際に見惚れながら……どうして先王の孫がこんなところで働いているのだろうと、訝しく思うモホーク。しかし一方で、ラウールもモホークの対応に訳ありの様子を嗅ぎ取っては、手元を休める事なく、彼の動向を予断なく窺っていた。




