キュービックジルコニアの嘆き(15)
「あんな手紙を寄越されたら、心配じゃないですか。もぅ! ラウールさんは一体全体、何を考えているのですか!」
「い、いや……。正直に謝ろうと思って、きちんと書いたつもりだったのですけど……」
手紙を書き切った時の満足げな表情とは裏腹に、彼の恋文はあまりいい出来ではなかったらしい。キャロルが店に帰るなり、渋い顔をしながらラウールを詰るものの……ジェームズ は自身もアドバイスをした以上、どんな内容だったのかが気がかりだ。
【キャロル、ラウールのテガミ……そんなにヒドかったのか?】
「別に酷い、という訳ではないのですけど。ただ……」
【タダ……?】
そうして、さも情けないというように眉を顰めると。仕方なしに、ジェームズにも手紙を示して見せるキャロル。手紙を共有するのは、ややマナー違反だと思うものの。声にするのも色んな意味で切ない内容でもあったため、こればかりは仕方がない。
“君が帰ってきてくれないと、心配で仕方ありません。
そもそも、君は誰にでも優しすぎるのです。
色んな相手に気を持たせるような事を平気でするのだから、
俺の知らない所で、誰かと一緒にいるのを想像しただけで……
胸が痛くて張り裂けそうになるのです。
今にも死んでしまいそうです。
お願いですから、帰ってきてください。
今日も色々と、ごめんなさい。
ラウール”
【……コドモか。タシかに、ジェームズもジブンのキモちをツタえろとイったし、ショウジキにカくようにとも、イったが。これはナイ。アヤマるついでに、アイテをシンパイさせて、どうする】
「べ、別にそんなつもりで書いた訳ではないんですけど……。ただ、えっと……」
本当に正直に書いただけなのです……と情けなく呟きつつ、カウンターの向こうでしょぼくれるラウール。いつもの尊大な虚勢はどこへやら。反省するついでに拗ねる店主の姿に、本当に仕方のない人なのだからと、一方のキャロルは呆れつつも……どこか可愛らしくて、仕方がない。
いつの間にか、立場が逆転している気がするけれど。この手紙は彼の本心でもある以上……やっぱり放ってはおけないと、つくづく思うキャロルなのだった。
***
「モホーク! お前……今日はどこに行っていたのだ⁉︎」
「あれ、父上……もう帰っていらしたのですか……? えっと、少し、体調が悪くて……」
恋心を引きずったまま帰宅するなり、余程に教育熱心と見える父親にサボタージュを叱責されるモホーク。仕方なしに父親の剣幕を抑え込むために、体調不良を懇々と訴える事で緊急事態を回避してみるものの。彼の体調不良の原因は恋の病であり、どんな名医でも治療不可の難病である。
「体調が悪いのか? 一体、どの辺だ? 悪心か? それとも目眩か?」
「いや……僕はあまり、学校に馴染めていないところがありまして……」
「そうなのか? だったら……お前に悪さする相手は誰なのだ? 学校側に特別に取り計らうよう……」
「あっ、そ……そういう訳ではなくて! 僕としては……」
家督を継ぎたくないんです。それを考えるだけで、頭が痛いんです。
なんて、正直に言えたら、どれ程までに楽になれるだろう。しかし、モホークの紛れもないズル休みの理由を聞いて、心底心配そうな表情をする父親に……急に申し訳ない気分になるモホーク。
彼自身は父親が嫌いな訳ではないし、母親の優しさに不満を抱いたこともない。はっきり言えば、両親に関してはモホークはかなり恵まれてもいるだろう。彼らは貴族であるが故に、偏屈で柔軟性に乏しいだけなのだ。古いしきたりにしがみ付いて、新しい風潮を毛嫌いしては……ただ、家督を遵守せねばという使命感に囚われているに過ぎない。
「……まぁ、いい。とにかく、だ。モホーク。この家はお前にかかっている。ハドソンはあの様子だし……あれを当てにするのは、難しいだろう」
「しかし、父上……兄上はブルローゼの長子ですよ? それを飛ばして僕が家督を継いだとなったら……」
「外聞は非常に悪いな。まぁ、その事もあって……今日はサロンに顔を出したついでに、ブランネル大公様にご相談に上がっていたのだ」
「へぇっ?」
いくら先王とは言え、ブランネルはロンバルディア貴族の運営に口出しできる立場でもないはずだ。しかし、表舞台にこそ出てこないものの……彼の威厳は未だ健在。特に現国王のマティウスが非常に攻撃的な性格でもあるため、穏便な手段を模索する場合は、ブランネルを頼った方が余程いいというのが、悲しいかな……ロンバルディア王宮のちょっとした常識である。
「相変わらず、ブランネル大公様はお優しくていらっしゃる。だったらば、ハドソンを王宮に上がらせて、役付にしてしまえばいいとのお答えだった」
「な、なるほど……」
確かにそれであれば、波風を立てずに貴族としての面目を保ちつつ……ハドソンを程よく厄介払いできる。役付けとなったらば、自身もきちんと働かなければならない。いくら怠惰なハドソンとて、ある程度は心を入れ替えなければならないだろう。
無論、その方法自体はブルローゼ家としては、非常にいい話なのだろうが……モホークとしては、非常に困る。兄にこそ家督を継いでもらわねばならないのに、王宮の職員に成り下がられては、計画が台無しではないか。
「だが……な。ハドソンも選りに選って、私の知らない所で大変な相手に喧嘩を吹っかけていたみたいでな。ブランネル大公様も提案はして下さったが、可愛い孫を困らせている以上、ハドソンの役付けに関しては助力はせぬと、断られてしまった」
「兄上が……ブランネル大公様のお孫様を困らせている? それは、一体どういう事でしょうか……?」
「モホークはアレクサンドリート宝飾店、という店を知っているか?」
「え? えぇ? たっ、確か……例の怪盗紳士が予告状を出していたような、いなかったような……」
声を上擦らせながらも、白々しくそんな事を答えては……とりあえずは凌げたと、父親の言葉を待つモホーク。しかし、その後の言葉は聞かなければ良かったと瞬時に後悔する程に、モホークにとっても絶望的な内容だった。
「……その店だがな。実は元々は王子でもあったテオ様のお店だったとかで、今の店主はテオ様の息子に当たるそうだ。血縁自体はないらしいのだが、ブランネル大公様も目をかけているとかで……孫のラウール様を困らせている以上、ハドソンの就職には関わらぬと仰られてな。だから、ハドソンの実力で働き口を探さねばならぬのだが……あぁ。あいつはあの調子だからな。先が思いやられる……」
先が思いやられるのはこちらも一緒だと、モホークは恋煩いだけだったはずの体調不良を現実のものとしながら、目眩を堪えるのに必死だった。選りに選って、かつての権力者のお孫様を困らせているのは、モホークも一緒である。知らなかったとは言え……あろう事か、そんな相手に予告状を出してしまったのだ。
それは一重に、自分の夢を叶えるため……最初はそれだけだった。それなのに、運命の神様はモホークに対して、果てしなく残酷なものらしい。こうも意地悪が重なると……気弱で悩み多き青年は、心の中で「Oh Dieu !」と、嘆かずにはいられない。




