表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
341/823

キュービックジルコニアの嘆き(14)

 どうしよう、どうしよう、どうしよう……! 話が長引いているんだろうか? それとも、彼と意気投合して自分の事など、忘れているのだろうか?

 キャロルが諦めたように店を出て行ってから、小一時間。たったそれだけの時間しか経っていないと言うのに、そんな事を何度も繰り返し想像しては……カウンターで頭を抱えて悶絶しているラウール。一方で、甥っ子の情けない様子を見上げ、自身は朝食をすっかり済ませたジェームズが、仕方ないと助け舟の提案をし始める。


【……ラウール。キャロルにテガミ、カけるか?】

「手紙……?」

【ウム。ジェームズ、キャロルをサガしてクる。だけど、おシャベりできないカノウセイもジュウブンあるから、()()()だとムズカしいかもシれない。だから、ちゃんと()()()()()()のテガミをカいて……キャロルにカエってきて、っておネガいするんだ。それをトドけてきてやる】


 次はしっかりフォローしてやる……と約束もしたしと、呟きながら。お利口にお座りをするジェームズ。そんな愛犬の背筋の伸びた頼もしい姿に、少しだけ生きる気力を見つけると……カウンターの引き出しからレターセットを取り出し、ラウールがしおらしくペンを走らようとする。しかし……。


「……なんて、書けばいいのでしょう……。いや、確かに俺が悪いのも分かっていますし、キャロルに謝らなければならないのも、分かっているのですけど……」

【フダン、あれだけスラスラとヨコクジョウをカいているのに、シャザイブンはカけないのか?】

「ゔ……」


 正直な所、ラウールの予告状の文才は継父のスタイルを継承したものであって、自身のスタイルではない。もちろん、それなりに教養もあるため、言葉の綾を嗜む事はできるものの。素直な気持ちを書き綴るなんてことが一度もなかったラウールにとって、普段使いの言葉を淀みなく書き連ねる(形にする)のは至難の技だった。


【……ホントウに、シカタのないヤツだ。ここはジェームズがちょっとブンショウ(ヒント)をヒネってやるから、それをトっカかりにして、ちゃんとジブンのキモちをツタえること。エガオがなくても、それならデキるだろ?】


 中身は元・恋愛上手の伯父様だけあって、経験もさる事ながら、ジェームズは恋愛向けボキャブラリーも相当に豊富らしい。一種の生き字引とでも言わんばかりの風格に勇気づけられつつ、ようやく1通の手紙をしたためて、封蝋を施すラウール。しかし、()()()()()()の手紙でさえも、どこか得意げな顔をしては、既に嬉しそうにしている甥っ子に……これは先が思いやられるなと、ジェームズは考えずにはいられないのだった。


***

「そうなんですね。キャロルさんは、さっきの店主さんの恋人なんですか……」

「えぇ。表向きは助手として働いていますが、実際にはそういう事になっています。ですけど……先ほどの通り、彼は気難しい人ですから。たまに、疲れてしまう時があるのです」


 気になる子がいるものだから、贈り物をしたい。嘘と本当が混ざったようなオーダーの相談ついでに、憧れのキャロルと過ごすオープンカフェの優雅な時間。そのはずなのに……どうやら、キャロルには既に思い人がいるらしい。口では疲れていると言いつつも、言葉の端々に()()()()な口調を混ぜ込んでいる時点で、彼女も彼を放っておけない様子だ。


「ところで、モホーク様はお洋服を作るのが得意なのだとお伺いしました。なんでも……コンテストで特別賞を受賞されたとか」

「あっ、ご存知だったのですね……。いや、恥ずかしい限りです。……本当は僕、デザイナーになりたいんです。だから、兄上にどうしても家をきちんと継いで欲しいのですけど……最近、よくない感じのモデルさんと遊び呆けているものだから。……父上も、兄上に関しては諦めてまして」


 だから、僕は夢を諦めないといけないんです……なんて、憐憫を誘うように心細そうな笑顔を見せてみれば。忽ち、優しいキャロルの顔も同じように悲しそうに曇る。そうして、なんて残念な事でしょうと……一緒に悔しそうにしてくれる、慈しみ深さと言ったら。モホーク青年にはその様子が何よりも好ましく、何にも代えがたい貴重なものに思えた。


「あ、あのっ! キャロルさん……!」

「はい?」

「ぼ、僕……そのっ……!」

「あら……? ジェームズ、どうしたの? こんな所まで……と言うか、それは……?」


 実はあなたに一目惚れして……と、モホークが言いかけた、その時。彼らのテーブル脇にどこかで見た気がするドーベルマンが、いつの間にかお利口にお座りしているではないか。そうして、ドーベルマンが手紙を咥えているのにも気付くと……キャロルがそれを受け取って、封を切り始めた。


「すみません、モホーク様。この場で手紙を読んでも、よろしいでしょうか?」

「えっ……あ、はい。大丈夫です」

【ハゥん!】


 絶妙なタイミングで告白を邪魔されて、モホークが恨めしげにお邪魔虫のメッセンジャーを見つめれば。お使いを無事済ませた一方のドーベルマンは、人懐っこい笑顔を溢しながら満足げに胸を張っている。そんなライムグリーンの変わった色味の瞳に見つめられれば、あの店は犬まで完璧で美しいのだと、モホークは何かに打ちのめされた気がしては、ヤキモキしてしまう。


「……もぅ、ラウールさんったら。どうして、こんなに不器用なのかしら……仕方ありませんね。すみません、モホーク様。すぐに帰った方が良さそうですので、そろそろお暇致します。もし宜しければ、先程お伺いしたご予算とご用向きのルースを見繕っておきますので、懲りずにご来店頂けると嬉しいです。……今日は勝手ばかりで、本当に申し訳ありません……」

「い、いいえっ! 僕はキャロルさんとお喋りできただけで、満足ですっ!」

「そ、そうですか……? ふふふ。でしたら是非、またお喋りに来て下さいね」


 そんな事を言いながら、自身のカフェ代とチップをテーブルに置きつつ……最初から最後まで丁寧な様子でモホークに接しては、その場を離れていくキャロル。そんな彼女と漆黒のドーベルマンとが、連れ立って離れていく背中を見つめながら……一方で決意も改めるモホーク青年。

 彼女こそ、自分の理想。何故か自分の夢を知っていた上に、理解を示しては認めてくれた初めての存在。秘めたる思いを燃やし始めては、置き去りにされた今の状況さえも……どこか高揚感に満ちて心地いい。そうしてちょっとした充足感を得られたモホーク青年は……計画を練り直す事を忘れそうになるくらいに、キャロルにドップリと夢中になっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ