キュービックジルコニアの嘆き(14)
どうしよう、どうしよう、どうしよう……! 話が長引いているんだろうか? それとも、彼と意気投合して自分の事など、忘れているのだろうか?
キャロルが諦めたように店を出て行ってから、小一時間。たったそれだけの時間しか経っていないと言うのに、そんな事を何度も繰り返し想像しては……カウンターで頭を抱えて悶絶しているラウール。一方で、甥っ子の情けない様子を見上げ、自身は朝食をすっかり済ませたジェームズが、仕方ないと助け舟の提案をし始める。
【……ラウール。キャロルにテガミ、カけるか?】
「手紙……?」
【ウム。ジェームズ、キャロルをサガしてクる。だけど、おシャベりできないカノウセイもジュウブンあるから、テぶらだとムズカしいかもシれない。だから、ちゃんとゴメンナサイのテガミをカいて……キャロルにカエってきて、っておネガいするんだ。それをトドけてきてやる】
次はしっかりフォローしてやる……と約束もしたしと、呟きながら。お利口にお座りをするジェームズ。そんな愛犬の背筋の伸びた頼もしい姿に、少しだけ生きる気力を見つけると……カウンターの引き出しからレターセットを取り出し、ラウールがしおらしくペンを走らようとする。しかし……。
「……なんて、書けばいいのでしょう……。いや、確かに俺が悪いのも分かっていますし、キャロルに謝らなければならないのも、分かっているのですけど……」
【フダン、あれだけスラスラとヨコクジョウをカいているのに、シャザイブンはカけないのか?】
「ゔ……」
正直な所、ラウールの予告状の文才は継父のスタイルを継承したものであって、自身のスタイルではない。もちろん、それなりに教養もあるため、言葉の綾を嗜む事はできるものの。素直な気持ちを書き綴るなんてことが一度もなかったラウールにとって、普段使いの言葉を淀みなく書き連ねるのは至難の技だった。
【……ホントウに、シカタのないヤツだ。ここはジェームズがちょっとブンショウをヒネってやるから、それをトっカかりにして、ちゃんとジブンのキモちをツタえること。エガオがなくても、それならデキるだろ?】
中身は元・恋愛上手の伯父様だけあって、経験もさる事ながら、ジェームズは恋愛向けボキャブラリーも相当に豊富らしい。一種の生き字引とでも言わんばかりの風格に勇気づけられつつ、ようやく1通の手紙をしたためて、封蝋を施すラウール。しかし、アシスト付きの手紙でさえも、どこか得意げな顔をしては、既に嬉しそうにしている甥っ子に……これは先が思いやられるなと、ジェームズは考えずにはいられないのだった。
***
「そうなんですね。キャロルさんは、さっきの店主さんの恋人なんですか……」
「えぇ。表向きは助手として働いていますが、実際にはそういう事になっています。ですけど……先ほどの通り、彼は気難しい人ですから。たまに、疲れてしまう時があるのです」
気になる子がいるものだから、贈り物をしたい。嘘と本当が混ざったようなオーダーの相談ついでに、憧れのキャロルと過ごすオープンカフェの優雅な時間。そのはずなのに……どうやら、キャロルには既に思い人がいるらしい。口では疲れていると言いつつも、言葉の端々に心配そうな口調を混ぜ込んでいる時点で、彼女も彼を放っておけない様子だ。
「ところで、モホーク様はお洋服を作るのが得意なのだとお伺いしました。なんでも……コンテストで特別賞を受賞されたとか」
「あっ、ご存知だったのですね……。いや、恥ずかしい限りです。……本当は僕、デザイナーになりたいんです。だから、兄上にどうしても家をきちんと継いで欲しいのですけど……最近、よくない感じのモデルさんと遊び呆けているものだから。……父上も、兄上に関しては諦めてまして」
だから、僕は夢を諦めないといけないんです……なんて、憐憫を誘うように心細そうな笑顔を見せてみれば。忽ち、優しいキャロルの顔も同じように悲しそうに曇る。そうして、なんて残念な事でしょうと……一緒に悔しそうにしてくれる、慈しみ深さと言ったら。モホーク青年にはその様子が何よりも好ましく、何にも代えがたい貴重なものに思えた。
「あ、あのっ! キャロルさん……!」
「はい?」
「ぼ、僕……そのっ……!」
「あら……? ジェームズ、どうしたの? こんな所まで……と言うか、それは……?」
実はあなたに一目惚れして……と、モホークが言いかけた、その時。彼らのテーブル脇にどこかで見た気がするドーベルマンが、いつの間にかお利口にお座りしているではないか。そうして、ドーベルマンが手紙を咥えているのにも気付くと……キャロルがそれを受け取って、封を切り始めた。
「すみません、モホーク様。この場で手紙を読んでも、よろしいでしょうか?」
「えっ……あ、はい。大丈夫です」
【ハゥん!】
絶妙なタイミングで告白を邪魔されて、モホークが恨めしげにお邪魔虫のメッセンジャーを見つめれば。お使いを無事済ませた一方のドーベルマンは、人懐っこい笑顔を溢しながら満足げに胸を張っている。そんなライムグリーンの変わった色味の瞳に見つめられれば、あの店は犬まで完璧で美しいのだと、モホークは何かに打ちのめされた気がしては、ヤキモキしてしまう。
「……もぅ、ラウールさんったら。どうして、こんなに不器用なのかしら……仕方ありませんね。すみません、モホーク様。すぐに帰った方が良さそうですので、そろそろお暇致します。もし宜しければ、先程お伺いしたご予算とご用向きのルースを見繕っておきますので、懲りずにご来店頂けると嬉しいです。……今日は勝手ばかりで、本当に申し訳ありません……」
「い、いいえっ! 僕はキャロルさんとお喋りできただけで、満足ですっ!」
「そ、そうですか……? ふふふ。でしたら是非、またお喋りに来て下さいね」
そんな事を言いながら、自身のカフェ代とチップをテーブルに置きつつ……最初から最後まで丁寧な様子でモホークに接しては、その場を離れていくキャロル。そんな彼女と漆黒のドーベルマンとが、連れ立って離れていく背中を見つめながら……一方で決意も改めるモホーク青年。
彼女こそ、自分の理想。何故か自分の夢を知っていた上に、理解を示しては認めてくれた初めての存在。秘めたる思いを燃やし始めては、置き去りにされた今の状況さえも……どこか高揚感に満ちて心地いい。そうしてちょっとした充足感を得られたモホーク青年は……計画を練り直す事を忘れそうになるくらいに、キャロルにドップリと夢中になっていた。




