キュービックジルコニアの嘆き(13)
「開店時間には、まだ早いような……」
【でも、プレートがオープンになっているぞ? キャロルがアけたのか?】
昨日の反省も引きずって、お土産もしっかりと調達して帰ってきたというのに。何故か「OPEN」にひっくり返っているプレートを見つめては、イヤな予感を募らせるラウールとジェームズ。そうして、ややあって手元の懐中時計をいくら確かめても……やっぱり開店時間には、随分と早い。それでも、目の前の寂れたアンティークショップは紛れもなく彼らの家でもある。ここは潔く堂々と帰宅してしまおうと、意を決してドアノブに手をかけるものの……ラウールにとって、それはちょっとした悪夢の第一歩でもあった。
「……ただいま〜……」
「あ……お帰りなさいませ、ラウールさん……」
ラウールの悪い予感の的中率はいつも通りに、忌々しいほどに抜群らしい。違和感を押し戻しながら、ドアを潜ってみれば……きっと昨晩のこともあるだろう。笑顔だったらしい顔をサッと曇らせては、戸惑いがちにキャロルがラウールとジェームズを迎え入れる。そして、そんな店内にはラウールとしても見慣れない青年が1人。どうやら、彼女はそんなよそ者とコーヒーとお喋りを楽しんでいたようだ。
「……そちらはどなた様ですか?」
「すみません、勝手にお店を開けてしまって……。こちらはモホーク・ブルローゼ様と仰って……」
「あぁ、あの迷惑な勘違い貴族様の弟君ですか? 全く、ご兄弟揃って……こんなちっぽけな店に、貴族様が何のご用でしょうかね?」
敵対心も露わなご挨拶に、曇らせていた顔を更に引きつらせるキャロル。ラウール検定(仮称)のマスター級と思われるキャロルにとって、彼の刺々しい態度が何を示すのかを察するのは、容易い。しかし、相手は大切なはずのお客様である。そんなお客様にまで、変な嫉妬心を燃やして怯えさせる必要はないだろうに。ラウールのあまりに幼稚な独善には……少しばかり怒っているキャロルにも、付き合ってやれる余裕はなかった。
「……すみません、モホーク様。本日は私の独断で開店時間を早めたのが、いけなかったみたいです。ですから……お話の続きはよろしければ、カフェで致しませんか?」
「えっ? いいのですか?」
「はい。私自身、モホーク様のお話に興味がありますし、ご入用の宝石の詳細もまだお伺いできていません。ですけど……店主のご機嫌は生憎と、非常に悪いようです。ここは私達の方が外に出てしまった方がいいでしょう」
「ちょ、ちょっとキャロル! そんな勝手は……」
では、行ってきます……と、ラウールの制止も半ば無視してモホークを促しては、上着を着込みつつ早足に出かけていくキャロル。そうして忘れずにプレートを「CLOSE」に戻しながら、悲しそうな一瞥をくれてやっては……ため息混じりで店を後にした。
【……ラウール。オマエはホントウに、セイチョウしないな】
「今の……何が悪かったんでしょうか……?」
【ショウジキ、ワルいブブンしかないぞ。タブン、キャロルはきちんとセッキャクをしていたんじゃないか?】
「そう、なのでしょうか?」
【はぁぁぁぁ……ラウールはまだ、そんなコトもワからないのか? キャロル、イってたぞ。ごイリヨウのホウセキ……って。キャロルがヨウケンをキいているってコトは、アイツにそのままウれるホウセキをミツクロっていたんだろう】
だって、キャロルはラウールの自分勝手なルールもよく知っているから……と、深いため息を吐きながら首を振るジェームズ。言われてみれば、その通りで……きっと、キャロルは自分が販売できる範囲でモホークのリクエスト(どんなご用向きかは知らないが)に応えようと、しっかりと店番をこなしていたのだ。それなのに……。
【ビジネスチャンスをフキゲンとシットでツブされれば、ダレだってイヤになる。アイソウをツかされて、トウゼンだ。だから、キャロルがカエってきたら、ちゃんとアヤマれよ。とはイえ……】
「とは言え……?」
【カエってきてくれれば、のハナシだが】
さも当然とばかりに、最悪の結果を連想させる言葉を吐きながら……こちらはこちらで愛想が尽きたとばかりに、ラウールの手元からゴーフルの袋を引ったくって2階へ上がっていくジェームズ。そうして1人残された店内は、色とりどりの宝石でどこもかしこも鮮やかだというのに。その時のラウールには、自身の周囲からジワジワと色褪せていくように思えてならなかった。




